
連日、川越市内を数百軒歩いていると実にさまざまな情報が飛び込んでくる。一番街を少し離れたところからも観光行政への提案や不満の声が上がっている。「いくら行政が市税を使って観光に力を入れたって、商店はほとんどテナントで川越の住民は極わずかに過ぎない。川越の税収には繋がってはいないはず」と厳しいご意見を聞かせてもらった。また、川越高校を移転してもらったらどうかとの、難しく大胆なことを提案されてくる方もおられた。今はどんなご意見にも耳を傾けさせていただき、頭の中に情報を満タンにしておきたいと思っている。一方、陳情も幾つもいただいている。こちらのほうは聞くだけではなく、即対応の姿勢で対処させていただいているが今のところ8割程度の実現力をキープさせてもらっている。25年前の市議会議員時代が蘇ってきている感覚である。
一般社団法人 プレシャスライフ主催の討論会にパネラーとして出席した。人と動物地球を守ることをテーマに活動を続けるこの団体とのご縁は、動物愛護運動のつながりである。昨日の企画はピアノと歌、語りを見事に融合させたショウの後にパネルディスカッションという組立であった。バイク事故で体の半分を火傷し顔面を崩してしまった古市さんの壮絶な半生を歌手AKIRAさんが自作の音楽とコラボして歌い上げ、多くの観衆が滂沱として涙を落とし感動に打ち震えていた。そうした後での討論だったのでそのまま緊張が引き継がれていた。
命、環境、動物について語ってほしいという注文にどれくらい答えられたか判らないが
自分なりに話させてもらった。歌手AKIRAさんの歌の歌詞にあった「私は光、私はあなた、わたしは神」というフレーズに感動を覚えたので、この言葉に繋いだはなしをさせてもらった。
民主党 クリントン候補と共和党
トランプ候補との戦いとなれば、クリントン候補の圧勝で選挙は終わるのだろう。それにしてもトランプ氏と橋下大阪市長とイメージが重なって仕方ない。
CAT:1
先般、家族で世界遺産に登録された富岡製糸場を見学してきた。やはり現場を見て初めて知ることばかりで、感銘を受けて帰ってきた。明治初めに我が国の近代化にいかにこの工場が貢献したのか、展示資料と丁寧な説明員の方の話でよく理解できたように思う。製糸場がこの地に決まるまで、埼玉も候補地の一つだったとの説明があったので「それは埼玉の何処だったのですか」と質問したが、明快な答えは頂けなかったが事実上の決定権者だったフランス人のブリュナーの頭には数か所の候補地があったが、最初から富岡に決め込んでいたふしがあったようだとの説明だった。
私はもう一つ「工場を設立し技術指導してフランスに帰ったブリュナはその後どのような人生を送ったのですか」と質問させてもらった。彼はその後、中国に渡り技術指導し、日本にも立ち寄った後、帰国し二年後病死しているとのことであった。日本では敷地内に大きな洋館を提供され家族といっしょに暮らし、当時の大臣と同程度の俸給をうけていた彼の日本での五年間は幸福だったのだろうか、などと思いを巡らし製紙場の門を後にした。
CAT:1
東京の現代美術館へ行ってきた。新聞報道で知り初めてオノヨーコさんの作品を見てきたが、率直に言って
芸術性の高い作品を見つけることはできなかった。贔屓目に見て精々、思想的アッピールを感じることができたに過ぎない。メッセージ性は高いがそれ以上のものではなかったというのが、きついが私の感想であった。
CAT:1
先述したノーベル平和賞の授賞式に通訳として出席した友人の桐蔭横浜大学の阿部憲二準教授夫妻と会食した。凡そ5年をかけて実現した被爆者の方を権威ある国際舞台に派遣しようという目標、夢を実現したことを互いに喜び合った食事会であった。オスロからの細かい帰国報告も聞かせてもらったが、お連れしたお二人が80前後のご高齢であったので先ずは無事に帰ってこれたことに安堵した。そして継続は力なりだねと、三人で静かに乾杯して喜び合った。
CAT:1
孫との夜の
チャンネル争いにもう疲れてきた。隣り合わせの自分の家の居間で見てくればいいじゃないかと言うのだが、居心地がいいのか二人とも我が家の居間を離れない。毎日のように言い争ってきたのでもう避けることにした。番組表をあらかじめ見ておき、見たいものをチェックしておいて何もなければさっさと私は自分の部屋に引きこもることにした。ダイエットのため晩酌も控えることにしたので丁度良いのかもしれない。まあ負け戦となったということか。
CAT:8
排出ゼロを本気で達成するには日本の技術は不可欠である。ここにわが国の果たすべき大きな役割を見ることができる。
そして現実を直視するとき、原子力発電をもう一度しっかり見据えておかなければならない。世界は原子力に改めて向かっていくことは間違いないだろう。
新興国にも義務が課されたのは大きな前進である。温暖化は先進国の責任、との主張はもっともだったが一部の国や大国はその論理で、狡猾に責任を回避してきた。
時に大国を前面に掲げ、時に発展途上国との論理で責任を放擲してきた国にもあったが、世界の良識がうねりとなってこれらの国を揺り動かしてきたと言えるのではないか。今世紀後半までも視野に入れた目標は素晴らしいが、50年も先のことなのでどんな障害があるか誰しも予測できないのだが、それでも目標を掲げられたのは大きな成果と言える。
技術大国のわが国には、逆に千載一遇のビッグチャンスが訪れてくるとも考えられる。実質
友達が皆、都合がつかず姉の花美も友達と外出することになっていたので「折角の日曜日なんだから、今日はずっと二人で遊んで」と言われ、政治活動の予定も取りやめて終日朱里と一緒に過ごした。先ず、朝食は二人でデニーズで摂りその後は
ヨーカドーでゲームに付き合った。午後からの恒例のテニスは関係者もいるので休むわけにもいかず、朱里には見学してもらった。2ゲームやった後ではコートが偶々空いていた。そこで、やりたがっていた朱里にボールの球出しをしてやったら大喜びだった。普段は理屈をつけて適当に切り上げるのだが、今日は本人が飽きるまでやってあげようと決意して付き合うことにした。あたりが暮れはじめたら、朱里から「もう5時になるから止めようか」といってきたが、10個程のボールが手元にあり「これが終わるまでもう少しやってから終ろうか」と提案し更に遊んでから、終了としたので本人は大満足だったようだ。「爺君、朱里上手かったよと、お母さん(祖母)にいってね」と言われ、実行した。
わたしも幼いころ近所の在日のお兄ちゃん(わたしはどういうわけか、その人をお猿の兄ちゃんと呼んでいた)に飽きるまで思い切り二人だけで遊んでもらったことが何度かあり今でも、楽しかったという思いが強く記憶にのこっている。何故、私だけが可愛がられていたのかわからないが、近所では私だけが一人っ子だったからかもしれない。その時の記憶がよみがえってきて、朱里との二人だけの時を私自身も楽しませてもらった。
cat:8