■2003年10月16日発行号

▼勇退の弁(10月10日)

確か2度目になるが、解散の現場に自分を居合わせてみた。1度目は30年前の秘書時代の時に、そして今日は、衆議院の本会議場の3階にある参議院議員席での傍聴となった。30年前の記憶は少し薄くなっているが、今日の衆議院本会議場での解散風景は、拍子抜けするほど呆気ないものだった。議場を出ると廊下のあちこちで人だかりができていて、テレビカメラやライトが、お目当てのメジャーな政治家に向けられ、盛んに感想などをインタビューしていた。

かいくぐるように私は、党の両院議員総会が行われる控室に足を運んだが、そこも既に満席で、立って菅代表等の話を聞かなければならなかった。嬉しかったのは、2人目の挨拶となった岡田幹事長から冒頭、昨日、出陣式に出向いてくれた参院埼玉補欠選挙のことに触れてくれたことだった。この選挙は衆院選挙の前哨戦という意味で極めて重要なものであることを力説して頂いた。

又、今回、勇退する各代議士からも挨拶があったが、その中で、わが埼玉県連の田並先生からも同じく参院補選のこと、更に12区の後継者への支援の訴えがあったことは、とても印象深いもので、田並先生らしいスピーチだった。


▼嫌われているのかな・・・(10月11日)

参議院補欠選挙で岡田幹事長が来県された。このところテレビ出演も多く、宣伝カーの上からの演説で、多くの人が足を止めて聞き入ってくれている。幹事長の来県で陣営は大いに志気が高まってきたが、相手陣営のボルテージも上がっていることだろう。現時点では、がっぷり四つの互角の闘いとなっていると思う。

蕨駅のホームで「昨夜のテレビでは、安倍幹事長との討論は圧倒していましたね」と語りかけた後で、「あの質問には、こういう答え方が良いのでは・・・」などと余計なことを言い掛けたが、どうも聞こえていない様子なので、途中で私は言葉を切った。そして次には、県連幹事長として私から、是非ともお願いしておかなくてはならない、県連への財政支援のことについて口を切ったのだが、ホームを行き交う人々に声を掛けて支援を訴えられるのに忙しそうで、取り付く島がないような様子だった。

蕨駅から浦和駅への電車の中では、「○○候補応援の為、岡田克也幹事長、県民の皆様にお願いのご挨拶に伺いました」と呼び掛けたら、幹事長は「随分大きな声だな」と呟かれた。

一瞬、私は嫌われてるのかなと思ったりもしたが、浦和駅頭では、私がマイクを握っている時に候補者と聴衆の中に入り、握手して回っていたことに恐縮されていたようで、「演説中にすみませんでした」と態々、声を掛けて頂いた。私としては候補者と岡田幹事長が目立てば良い訳で、演説ではなくずっと連呼に徹していたので問題はない。岡田幹事長の爽やかな笑顔は、県民の心をきっととらえたと私は思う。党首選挙の時、私は岡田幹事長に投票している。


▼選挙動員(10月12日)

参院補欠選挙で川越には小泉総理、大宮には菅代表が今日、応援に入った。小泉総理の街頭演説には4000人が集まっていたという。保守系議員からの話では、川越の7区だけでなく近隣の国会議員、地方議員にも動員要請があって、大変な思いで後援会を動かしたのだそうで、その組織力には頭が下がる。とても民主党ではそこまでやれない。

しかし事実上、動員なしであったにも拘わらず、大宮駅頭での菅代表の演説には少なくても1500人を下らない聴衆が、ごく自然に足を止め聞き入ってもらえた。この事は、民主党への県民の大きな期待の表れ以外の何物でもない。小泉演説は声も小さく聞き取れない程であったというが、菅演説は力(りき)が入り聞きごたえのあるものだった。演説が終わり、宣伝カーを降りたところで私から御礼を述べると「山根さん、絶対に勝って下さい。絶対に勝って下さい。」と2度、力強く菅代表は手を強く握って私に迫った。

日本の政治の方向を大きく揺るがすかもしれないこの埼玉での補欠選挙の意味を、改めて突きつけられた思いがした。菅代表の言葉は真に迫っていた。


▼人体の標本(10月13日)

電車の吊り広告を見て行ってみようと思いながら、なかなかチャンスが無かったが、国会の最終日、解散となってからその日の夕方、選挙から離れ気分転換にと思って、“人体の不思議展”に足を運んだ。

展示されている人体の標本は、プラストミックという特殊技法で半永久保存可能な施しがされているもので、全て本物の人体だそうだ。中国人だと書かれていたと思うが、どういう故人であったのかは解説されていなかった。恐らく日本人であったら大批判に曝され、とても展示などできなかっただろう。それは単に法的な問題ではなく、今の日本人の平均的死生観では、死とその亡骸を正視するだけの人生への気概や覚悟の欠如が邪魔するに違いないと思えるからだ。

入場者に女性が多かったのには意外な気がした。中には説明員に専門的な質問をしていた人もいたが、多くが医療従事者とも思えなかった。

2ヶ月から10ヶ月の胎児の遺体は、それぞれ美しくはあったが、私にはショックだった。人の身体の構造は絵図では知っているが、実物を目の当たりにして見るのは初めてで、筋肉、神経、臓器などその精緻なつくりはあまりに美しく、感動を呼び起こさずにはおかない。何年前の遺体なのか明らかではないが、説明書きには生前、本人の同意を得ているとされている。自身の全てをここまでさらけ出すことに同意した献体の人々の決意とは、どのようなものであったのか、これらの人々の生涯をも、恐いけれど知ってみたい気がする。

肉体を離れた諸霊には深甚なる謝意を表したいと思う。

  ※参考=12月28日まで東京国際フォーラム1階にて。


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