■2003年9月25日発行号

▼埼玉県知事選挙<6>          ( 9月19日)
  候補者のプロフィール(嶋津 昭 氏)

地元川越で何かのパーティーの折、お会いしたのが最初だった。確か1年程前のことである。その当時、既に総務省を退官され、全国知事会の事務総長をされていたのだと思う。東大法学部を卒業して、官僚としては最高の地位とされる事務次官にまで昇り詰められたのだから、エリート中のエリートだ。凡そ権柄尽く(権力に任せて事を行うこと)な奢りの無い方で、むしろ地方自治に於ける巨儒(きょじゅ/学問の深い学者)を思わせる静かな知性の人であった。

パーティー会場では嶋津さんの方から私に声を掛けて頂いた。立食で同じテーブルを囲んで立っていた。2人には少し距離があったのだが、私の方に歩み寄って来られて雑談したのを憶えている。腰の低い、こぼれ溢れるような知性を抑制するように控えている風情は心地よかった。ここ数年、出会っていない高潔な人格に触れられたような気がした。

あまりに印象深い出会いだったので、その記憶をそっと心の引き出しに仕舞っておいた。しかし、間もなくその引き出しを開けることになった。地方議員向けの講演を私がお願いに行ったのだ。都道府県会館の中にある全国知事会の事務所に行くと、早速、奥の事務総長室に通され、嶋津さんとお会いした。単刀直入に講師の要請を申し上げたら、二つ返事でご快諾頂いた。

講演内容はお任せしたが、地方自治体の財政問題についての話で、参加した全国の地方議員からはとても評判が良く、大いに感謝された。薄謝の講師料をお渡ししようとしたが、一切、拒絶された。「話の機会をお与え頂いたことを、むしろ感謝しているんですよ」と言われ、その後もお支払いしようとしたが、全く取り合ってもらえなかった。私としては、大変な“借り”を受けた気になったが、お返しすることができないばかりか、知事選で相まみえることとなり、心が切り裂かれるような思いだった。

私は、こんな立派な方が民主党から政治家になってもらえないだろうか、という気持ちも多少あったので、政界への転出について図々しくも話を向けてみたら、「いやー、全くあり得ません」と言っておられた。その時は本当にそう思っておられたのかもしれない。

官僚時代、総務省(旧・自治省)から10年に1度出るか否かの逸材との誉れ高い方だったのだと、つい最近、仲間の政治家から聞かされた。


▼大物の沈黙( 9月21日)

ある集会に出席する大物3人が舞台裏の控室に集まった。到着順に、笹森連合会長、神崎公明党代表、自由党小沢党首である。1人ずつ部屋に入ってくる度に、ヤアヤアといった類の挨拶は交わされたが、席に着くと互いにあまり言葉はなかった。

部屋には10数人の来賓がいたが、3人に気遣うように次第に皆、小声での雑談となっていった。3人が揃って5分もした頃だったろうか、一瞬、室内が咳き一つなく誰もが沈黙し、全くの静寂が生まれた。それが20秒ほどもあっただろうか。私はいたたまれない思いに駆られ、面識もあり、私の事も記憶に留めて頂いている小沢党首の所に歩み寄り、持っていたその日の新聞5紙を「どうぞお読み下さい」とお渡しした。小沢党首はいつものように快活に「あーどうもありがとう」と言って新聞を広げられた誰かがスラスラと読み入る姿を見て、「眼鏡もなくお読みになれるんですね」と質問を投げてくれた。「うん、読めるんですよ」と小沢党首が答えられていた。私は大丈夫かな?と少し不安は一瞬走ったが、思い切って、「(新聞の)見出しは読み易いですよね」と冗談を飛ばした。小沢党首が間髪入れずに、大きく笑われたので、「ヨッシャー」と心の中で1人快哉を叫んだ。私は沈黙の空気に弱い質なのだ。


▼天空の懐( 9月22日)

秋分前日の夜空は、台風が去った後の澄み切った大気が全開して、満天の星を惜しげもなく露に見せてくれた。目を凝らしてじっと天空を見つめていると次第に、ぱっと見には気付かなかった小さく発光する星々も、私の眼の中に入ってきた。プラネタリウムで見るほどの数の星が、もっと生々しく私に語りかけているように思えてきた。南の空には、大きくオレンジ色に光る、おそらく火星だろうか、美しい瞬きを見せてくれた。

地球は火星と共に太陽系の中の惑星の1つなのだが、私達の太陽系そのものが天の川の端の方に位置していて、宇宙のほんの小さな存在でしかない。地球が持つ生命体の数は空海地に止まらず、地下にも無数の微生物学が在るし、物質でさえも原子物理学から見れば、生命体の塊と見る事もできるとすれば、とても計り知れるものではないだろう。自分の存在がいか程のものか考える時、大宇宙の中で大いなる命に生かされ、懐に抱かれていることに思い至り、有り難さで目頭が熱くなるが、時折、気付かされる自己の存在の危うさと、絶対的存在への確信との相克の先の先にあるものこそ、存在という概念の有無を超えた一如なるあるものなのだろう。


▼埼玉県知事選挙<最終回>          ( 9月24日)
  候補者のプロフィール(高原美佐子氏)

県議会に数年間在籍していたので、多少、言葉を交わしたことはあるが、個人的なつながりはなかった。県議になりたての人が、俄、共産党の議員団長になられたのにはビックリした。当時、団長を務めていた吉野議員が、衆院へ出馬するため辞職したのに伴う党内の措置であったが、その力量は未知数だったので、他の会派の議員も一様に驚いていた。

吉野前団長が、政治の裏表を知り尽くした老練な政治家だっただけに、高原さんは好対照で、その柔和・実直な人柄が他会派からも好感を持たれていた。市民団体の会合など議会外で出会っても、教条的に突っ張るような態度を見せたことはなかった。

私が政治運動を始めた60年代末から70年代の頃は、共産党員やシンパは教条的な活動家が圧倒的多数だったように思う。共産党は共産主義を掲げているのだから、その本質は変わらないが、随分と現実に妥協し始めたようには思う。その延長線上に、穏やかな活動家や議員が育っているのだろう。

知事選の出馬は、率爾(そつじ/突然なさま)だから、ご本人の希望や意志でないだろうが、果たして本音のところ、どのような想いで挑んだのだろうか。聞いてみたい気がする。


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