■2003年7月3日発行号

▼議員バッジ( 6月29日)

参議院議員のバッジは12,915円で、衆議院議員のバッジより2,000円程高額となっている。私が衆院で秘書をやっていた頃、バッジを失くしたり破損した場合、始末書を書いて新たにバッジを買わなければならなかった。今、参院では議員バッジは、お金を出せばいくらでも原則としては買える。個人の考え方によって、どこへ行っても胸にバッジを付けている人もいれば、国会から一歩でも外へ出るとすぐに外す人もいる。だが国会ではバッジによって通行可能地域が限定されてくるから、院内(国会内)にいる時、議員は議員バッジを実際上、外して歩くことはできない。忘れてきた時などは、国会内を全く出入りできなくなるから新たに購入するしかない。

私は大抵、国会を出ると議員バッジを外している。電車通勤なので、吊革につかまっていて自分の前の席が空いても、議員バッジをしていると何となく座りづらいもので、他人の眼が気になるのだ。ファミレスでも居酒屋でも同様の心理が働く。他のテーブルでヒソヒソ話があると、自分のことを何か言われているような気になってしまい、落ち着きがなくなる。バッジを外したくなる由がここにある。


▼遅すぎた国立大学法人化法案反対の動き(6月30日)

今日、評論家の櫻井よしこさん等から同法案反対についての陳情があった。民主党は、文科省の言っていることと法案の内容が全く逆になっていることを早くから指摘し、マスコミにも強くアピールしてきたが、世間の関心は極めて低いものであった。櫻井さんも週刊誌をはじめマスコミを通じて反対のキャンペーンをされてこられたが、文科省による法案の公表が意図的と思える程遅く、この法案の矛盾点を発見するのが遅くなってしまった、と語られた。

本法案は学問の自由や大学の自治を実際には著しく侵すもので、国立大学を文科省立大学にしようとするものと断じざるを得ない。文科省無用論が出てくるなど同省への風当たりがこの数年、強まる中で、文部官僚の危機感がこの法案へ走らせたのではないか、と私は忖度している。

単に国立大学だけの問題ではなく、恐らく今後、私立大学への影響も必至だろう。大学人だけでなく、マスコミや国民の関心と批判だけがこの法案を阻止する力となるが、遅きに失したかもしれない。偶さか、新幹線で櫻井さんがニュースステーションの久米さんに会われた時、番組で取り上げてくれるよう話し、2〜3分の放映が実現したという秘話を聞いたが、もう一歩、世間的関心事として膨れ上がってこないのは口惜しい気がする。

自民党の良識派も本法案の欠陥に漸く気付き始めたが、黙りを決め込んでしまっている。官僚が陰に陽に与党議員の口を封じている光景を見ていると、つくづく自民党の限界を見せつけられている気がする。


▼東洋医学への評価( 7月 1日)

ぎっくり腰での激痛に急に襲われて全く動けなくなってしまった。朝の散歩を終えて玄関に入り、犬の鎖を所定の位置に置こうとした瞬間だった。力を入れた訳でも腰をひねったり屈めたりする動作でもなく、急な発作だった。20年くらい前が最初の発作だったが、その後、多少の痛みが訪れることはあっても、先日のような激痛は初めてだった。当日、国会では担当委員会も開かれる予定だったので、いつもより時間的余裕をもって出かけたが、通勤時間帯の車中はやはり辛いものがあった。漸く議員会館の事務所にたどり着いたが、無理を押しての出勤だったので腰痛は更に悪化して、まともに歩行することもできなくなった。

その日、やっとのことで帰路に就き、上福岡駅からかかりつけの加茂鍼灸治療院へ直行し、鍼を打ってもらった。治療を終え、もう良くなっている筈ですから、と言われてもまだ痛みは残っていたし半信半疑だったが、果たして1時間半の治療で完全に歩行は回復した。まるで奇跡でも起きたような心持ちだった。そして2日後、若干の痛みもあり、もう1度、治療を施してもらったが、今度は翌日、完全に治癒した。嬉しくなって泳ぎに行ってみたが、いつものような500Mクロールの完泳は何よりの完治の証となった。

日本の医療はまだまだ西洋医学への偏りが甚だしいが、私はもっともっと東洋医学が見直されるべきだと考えている。医療はあくまでも結果重視であるべきで、保険制度だってもっと合理的に結果に対して謙虚な判断を下すべきだと思う。政治も社会制度もあまりに欧米への追従が極端で、日本の行政はちっとも科学的でも合理的でもない基準があまりにも多い。


▼田中外務審議官の更迭問題( 7月 2日)

拉致議連が開かれ、先に議連として要求していた田中審議官の更迭について、外務省から正式な回答が寄せられた。政府側からは安倍官房副長官、中山内閣官房参与、そして矢野外務副大臣が出席してきたが、矢部副大臣から、人事上の処分を行うべきとの結論には至らなかった、との回答が述べられた。

議連の誰1人としてこれらを心から良とする者はいなかったが、矢野副大臣からの「自分が責任をもって・・・」との熱い思いに対して、不承不承受け入れざるを得なかった。副大臣は「北朝鮮に関する情報、そして執ろうとする措置については全部、組織として私に報告することを義務付けた」と発言し、更に「これらが履行できなかったら、今度こそ・・・」との思いをギリギリの表現で語った。

外務省の組織としての対応になってくれば、当然、田中審議官の発言や行動は制約を受けることとなり、氏の影響力も当然弱まってくることだろう。ある議員が「そこまで監視しなければならないなら、やはり更迭すべきではないか」と意見を述べられていたが、私も全く同感で、まるで北朝鮮の主張を代弁するような田中審議官の発言は、狂っているようにしか私たちには見えない。


▼良い子の育ち方( 7月 3日)

犬の散歩の時、テニス場の周りを歩いていたら、東屋に仲間達が次の出番に備え待機していたので、立ち寄って雑談してきた。テニスの方は今年に入ってまともにやっていないのでボールが捉えられず、時折ゲームをするがもう10連敗でどうしようもない状態だ。おしゃべりは仕事柄、得意な方だから、テニス場ではこっちの方で度々、参加している。

小学校3年生を担当しているある女性教諭は、私とも何度かダブルスを組んでゲームをやっているが、その先生からの話は、現場の声として私にはいつも興味深い。彼女が言うには、いわゆる良い子の親は例外なく、良い家庭で良い両親だそうだ。そこで私は「良い両親や家庭というのはどういうことを指すの」と聞いてみた。「両親が仲良く、子供に愛情を注いでいる家庭と言うのかな・・・」と少し考えてから彼女は答えてくれた。

私は畳みかけるように「経済的に恵まれた家庭ということにもなるの」と質問したら、「いや、例え貧しくても子供に心配をさせていなかったり、明るくて前向きな両親という場合が多いわね」と教えてくれた。これって、いつの時代も変わらない原理なんだなと妙な安心を覚えた。


▲「バックナンバー」一覧に戻る
▲トップにもどる