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■2003年5月22日発行号
▼奨学金制度( 5月17日)
文教科学委員会で独立行政法人 日本学生支援機構法案が審議され、既に昨日5月16日(金)参議院本会議でも可決したが、私自身の委員会質問では様々な問題点を浮き彫りにさせてもらった。
日本育英会を廃し、独立行政法人の新組織に移行させるという内容だが、細かな肉付けはこれからとなる。近く民主党の独自法案も新たに提出することになっているが、政府案は未だに“育英”つまり優秀な人材を育てる点に力点が置かれている。民主党案は“奨学”つまり誰でも意欲のある者で、経済的困難がある場合は、全ての学生に奨学金を支給させるという点に大きな違いがある。
人間の能力とは何か、そして、その能力はいつ開花するのか判るものではないだろう。昨年、ノーベル賞をとった小柴博士は決して大学の中で3分の1以上の学業成績には当てはまっていなかった。ケネディ大統領もハーバードでは112人中64番だったように記憶している。遅咲きの人間を包み込む社会にこそ、とてつもない可能性が生まれる。
詳しくは
http://www.sangiin.go.jp/japanese/frame/joho2.htm
をご覧下さい。(5月13日参考人質疑、5月15日政府への質疑)
▼中曽根先輩( 5月18日)
元総理の長男である中曽根弘文さんとは同じ文教科学委員会に所属しているが、先日の委員会終了後、声を掛けて頂いた。法案審議の中で日本学生支援機構の本部が神奈川県に置かれるとされる点について、「何で埼玉県ではないのか。海のある神奈川県は放っておいても恵まれてますから。」と質疑したのだが、中曽根さんは「山根さん、群馬県も海が無いんですよね。」と言われた。
院内の廊下を歩きながら話が弾み、元総理の私邸(都内)のある町で私が生まれ育っている事を伝えたら、弘文さんも今、元総理と一緒に暮らしているとのこと。中学3年の時は地元の中学へ通学していたというので、「高田中学ですか」と聞いたら「そうです」と言われる。つまり私の先輩だった。お若く見えるが私より2才先輩で、1年間は同じ時期に在校していたという事になる。全校では30クラス程になっていただろうから全くお互い見覚えは無かった。ちなみに元阪神タイガースの田渕さんは、私の1年先輩。中曽根さんの1年後輩となる。
▼塚本三郎先生との会談( 5月19日)
私にとっては、雲の上の先生であった。衆議院議員の秘書時代(22才〜25才)、塚本先生の部屋と私の代議士の部屋は隣同士で、様々な交流があった。当時、まだ書記長にもなっておられなかったので、塚本事務所はいつも秘書が男性1人だった。地元名古屋から勉強のためであろうか、何人もの秘書が交代で勤められている様子だった。なかなか個性豊かで魅力的な面白い人が多かったことを憶えている。
先生の著書「日本には日本の生き方がある」の読後感想を本メルマガに書き記した際、民社党の委員長をされた方が、何故、自民党からの選挙戦出馬を模索したのか疑問で、いつか何らかの形でお聞きしてみたいと書いた記憶がある。間に立つ人がいて先般、懇談の機会を得ることができた。主題は別件であったが、話の後段では勇気を振り絞って率直に自分の思いを語らせて頂いた。先生も正面切って心のうちをお話し下さったが、残念ながらその詳細を今ここで書く事はできない。
もう70才を越えられたというがとても若々しく、エネルギーが溢れていた。特に国を思う熱情は昔と変わらず、日本の戦後を熱く語られ、現下の政治的閉塞の解消にも具体策を私に提示された。
▼フリースクールで文部科学省へ陳情( 5月20日)
地元川越在住の方から俄、お電話を頂き、文科省への陳情を明日セットして欲しい、という。夜分、遅い時間だったので翌朝、手配をした。私も何とか時間を工面できたので同行したが、国会開会中でもあり、担当の係長3人の応対となった。
新潟県安塚町では、不登校児を対象とした子供達を受け入れる学園をもう8年前も前にオープンさせているが、財政的にかなりな困難に直面しているという。立ち直り社会に巣立っていった子供達が何よりの励みとなってこの事業が続けられてきたが、今は、社会福祉協議会に町が移管して運営し、町から同協議会に一般会計から年間1,200万円を繰り出しているという。
学校制度が今、根本から問われているが、学校に全く適応できなくなった子供達はもがき苦しんでいる。様々な原因が模索されているが、今の学校制度の中だけでは解決できないことだけは確かだ。私は、文部科学省もメンツを棄てて地方自治体やNPOなど民間人の成果を上げつつある試みに積極的な支援をしていくべき段階にきていると思う。
民主党の若手グループ(私も事務局長代理)では、フリースクールよりももっと地域の自由裁量を認めたコミュニティ・スクール構想をまとめているが、今後、数年以内で国も本格的な取り組みは避けられないところまできている。応対してくれた若手官僚は、思いつくだけの支援策を提示してくれたのは有難かったが、文科省は先ずはフリースクール(含むコミュニティ・スクール)を受け入れ、対応窓口を決めるところから始めてもらいたい。
文科省だけに止まらない幅広いニーズが生じてもいるが、せめて文科省は窓口の一本化だけは、近々のうちに実行してもらいたい。陳情に行った矢野 学町長は村おこしで、「雪を売ろう」との発想で全国に宅急便で雪を売った有名人である。
▼ツバメの巣( 5月21日)
サイデングで玄関のドアの上に以前2つあったツバメの巣が取り壊されてからもう数年経つが、一昨年、新たな巣が作られていた。あまり上手に作れなかったので、使われることもなくツバメの無駄な努力だったのかなと思っていたら、同じツバメなのか、どうやら産卵しているようで、つがいで毎日、忙しく巣を出入りしている。あと1月もしないうちにかわいい子供達を見られるのかもしれない。
私が玄関を出入りする時、用心深げに巣からいきなり飛び立ち警戒するかのように旋回している。しかし、悪戯好きのうちの猫でも、とても届かない高みにあるのだから、そう心配する事もないだろうに。
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