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■2003年5月15日発行号
▼一院制( 5月11日)
「衆参両院を統合し、一院制を創る会」に入会した。発起人の1人が同期生で親しい鈴木 寛議員だったので、入会書に思わずサインしてしまったが、実はチョット後悔している。
党内の参議院改革プロジェクトチームで参議院の在り方について議論に参画してきた経緯があるが、党の参院幹部に私はこう提案したことがあった。現在、わが国には約1800本弱の法律があるが、時限立法を除いては憲法もそうだが、既に現実社会のニーズに間尺が合わなくなっているものが多い。そこで衆議院を入口にして、参議院を出口にしてはどうかと。つまり、衆議院では主に新規立法して、参議院では全法律について、仮に10年なら10年の時限を設けて、改廃について審議することとする。その結論を衆議院に送り返し、新たな立法・改廃の措置をとる、というものだ。
もしそれが否という事なら、一院制も考慮に値するとは私も思う。但し、それは参議院の廃院ではなく、両院を1度廃院して、新たな一院制を敷くという発想である。参議院の廃院という選択肢は、現実には在り得ない。参議院が自らを否定することなど出来はしないし、やるべきでもない。が、いずれにせよこれは憲法の改正に直結する事なので、そう簡単に事が運ばない。
▼塩川大臣の日教組への思い( 5月12日)
決算委員会での論議が自由闊達に行われている。予め用意している質問原稿や答弁原稿を多くの人が離れている。与党議員の質問も結構、政府に激しくやっているのを見ると、自民党の場合、質問者と大臣の派閥の違いなのかな、と思ってしまう程、野党っぽい質問もある。
塩川財務大臣は穏やかそうに見えるが、若い時はかなり激しい舌鋒の持ち主だったそうで、随所に昔の俤が表れている。日教組出身の神本美恵子議員の質問には、いつも端から挑戦的な答弁をしてくる。私も日教組への様々なイメージや思いは今でもあるが、直接、関係者と接する中でいくつもの誤解が私にもあったことが分かった。しかし、塩川大臣は思い込みが強く、頭の中に整理されている認識が一昔前の事実に基づくものであったりする。具体例の引用が全く事実と異なっている場合もあって、私の隣席の神本議員がいつもカッカしている。
▼小渕優子さん( 5月13日)
衆議院第2議員会館の地下で久しぶりに1人で食事をとっていたら、国会見学とおぼしき女性が20人程、議員同伴席へ入ってきた。間もなく辺りが騒々しくなってきたので何事かと思ったら、小渕優子さんが颯爽と登場した。どうやら地元(群馬県)の後援会の方々を連れて来られたようだった。2人1組ずつで小渕さんと記念写真を次々に撮影していたが、40〜60代の奥さん方がまるで憧れの芸能人に出会った10代の娘さんのようなはしゃぎ振りだった。
院が違うので小渕さんとはまだ2〜3度しか会ったこと(見たこと)はないが、さすが、はじけるような若さがキラキラしているように見えた。長身の人で、ミーハーに思われるのも嫌だから本人には聞けなかったが、傍にいた小渕さんの秘書に「代議士の身長はどの位あるの」と聞いてみた。私の娘が170cmなので同じくらいかなと予測したら、168cmとのこと。地元での人気はさぞかし・・・。
▼タバコ論争( 5月14日)
私は基本的に喫煙家ではないが、行きつけのスナックでは、私用のタバコがストックしてある。呑むとメンソールのタバコを何本か吸う癖があり、マスターが1人でやっている店なので、その度、買いに行ってもらう訳にもいかず、とっておいてくれるのだ。だから私の喫煙本数は多分、月に10本程度だろう。
わが党の山本孝史議員(大阪府選出)の国会でのタバコ論議は興味深かった。今、JT(日本たばこ産業株式会社)で売れているタバコは“マイルド”と“ライト”の名が付いているものだそうだが、これが今、問題になっているのだという。これらの名称は、喫煙の被害が少ない、軽いという意味にとられ易く、外国に進出する際、障害になるという。JTが進出しようとしているEUでは、名称が認められないようなのだ。仮に認可されたとしても訴訟を受け裁判で敗れた場合、莫大な補償費用を捻出しなくてはならない。山本質問は、だからこそ、国民の税金でこれを賄うような事態を避けるためJTは完全民営化すべきだ、という主張だ。聞いている限り「もっともだよな」と思うのだが・・・。
▼極めて私的な地方選挙の雑感( 5月15日)
「耕した分だけしか票は収穫できない」という政界の箴言は、残念ながら全てに共通した選挙の原理たり得ていない。有権者と触れ合いを重ね、思いや要望を汲み取って自らの政策に活かすという姿勢でいなければならないと思う。しかし、いわゆる「風」や「空気」は個人の努力や陣営の努力で起こせる事もあるが、大抵は別のレベルで生起している。
中央政界での政治環境は、地方選挙にも大きな影響を与えているが、党の看板で得票できる度合いも大きな選挙ほど顕著だ。県議会や政令指定都市ではもちろんだが、市町会議員選でも都市部では、党の名前だけでの得票もある程度、期待することができる。つまり、党名での得票は、個人の努力、言い換えれば畑を『耕さずとも』恵みが与えられることになる。
この他にも、候補者の年齢や学歴・経歴そしてポスターの出来、不出来も含めた容姿も有権者の判断材料になっている。これらも『耕さずとも』の中に入る。ここに若い人たちが、パフォーマンスなどに重点を置きたがる由があるが、一面、地道な活動での汗を忌避する怠惰を散見する事もある。1〜2度は、容易に勝利を得ることもできるが、圧倒的な組織力や財力のない者は、長期的には汗の量に比例した結果しか得られはしない。
不幸は、1度でも安易な手法、少ない汗で議席を得た者が、いつまでも同じ程度の努力と手法で勝利し続けられると思ってしまうことだ。今回の地方選で新人候補者の中には、党の看板に過度の期待を持ち、涙した方もいたが、功を奏した方も長期安定の為には、是非とも地道な努力を続けていって頂きたいと思う。自分にとって身近な関係にある候補者の方に、選挙前いつも申し上げている事が1つある。それは『勝利したら他人様のお陰。敗れたら本人の不徳の致すところ』そう思い込んで頂きたい、と。
選挙後、ある当選した2人の市議には「いつまでも感謝、謙虚、謙譲の姿勢を貫いて頂きたい。その上に、個人の特性、能力をどんどん上乗せしていって欲しい」旨、話させてもらったが、これは私自身への自戒の言葉でもあった。
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