■2003年5月8日発行号

▼記憶力( 5月 5日)

政治家としての私の大きな弱点の1つは、記憶力の悪さだ。上中下で分ければ間違いなく“下”の中位程度で、人の名前も憶えられないのだから、水商売だったら絶対失敗するだろう。

痴呆の進んだ人が昔日を事細かく憶えているというのは、逆にその時期だけを憶えている、と言うこともできるが、実は私もそんな傾向がある。先日、防衛問題の質問準備で種々の資料に眼を通していた時、プロイセンの軍人クラウゼヴィッツの名前が出てきた。直ぐに私は、もう30年以上も前に読んだ彼の「戦争論」の記憶が甦ってきて、どう書いてあったかというよりも、1頁1頁に載っていた著者の手になる銃のスケッチなどが鮮明に思い出された。そして連想が起こり、ほぼ同時期に読んだ宮本武蔵の「五輪の書」も同様、鮮やかに記憶が思い起こされた。

記憶力も様々な面があることは確かなようだ。


▼覆面レスラー( 5月 6日)

岩手県会議員として当選したザ・グレート・サスケ氏(33才)が、議会で覆面をして活動することについてマスコミが大きく報道した。私が最初にこの報道を耳にした時、率直のところ「無理かな」という思いがした。議会は権威や慣例を重んじるので、他の議員の理解を得るのは難しいだろうと予測していたからだ。

私自身はあまりこうした事へのとらわれはないが、31才で最初に市議会に当選させて頂いた時は、「ノーネクタイではダメかな〜」とも考えたりしたが、主張することをやめてしまった。議会の本義とは直接関わらないことで時間とエネルギーをあまり費やしたくないと思ったからだ。省みて、それで良かったと思う。サスケ氏が主張を曲げないで貫いている事は結構なことだと思うが、問題はこれからで、議員としての活動如何によって評価が固まってくることだろう。

当選後、間もない時にはよく「先生と呼ばせない」という人も多い。それはそれで新鮮な響きもあるが、あまり過度にとらわれない方が良いと思う。「センセー」とお役人から言われる度に、逐一抗議したり説明しているエネルギーと時間は膨大なものになるからだ。「先生」でなく、当たり障りがないから「センセー」と呼ばれていると思えば良いのだ。

市会議員の時、市役所の人や陳情のお客さんが「センセー」と私のことを呼称することも度々あるので、まだ小学生だった娘が「お父さんは何の先生をしているの」と聞かれ絶句したことがあった。


▼石破防衛庁長官との論戦( 5月 7日)

決算委員会で長官と48分の議論をしたがアッという間に時間が経って、用意した質問の半分も消化できなかった。北朝鮮のミサイル攻撃への対応。シビリアンコントロール。専守防衛問題等を問い質したが、拉致議連で既知の人でもあったので気持ちとしての攻めづらさもあった。

しかし、率直な答弁は評価しておきたいと思う。最後に、川口外相に拉致問題解決への展望を質した後で、「今夕、6時半から“拉致はテロだ!第5回国民大集会”があるので、出席されてはどうか」と水を向けたが答えはNOであった。「それでは私も出席するので、メッセージをお預かりしましょう」と迫ったが、逃げられてしまった。最後の最後の質問として石破長官に出席を促したら「大臣としてではなく、拉致議連のメンバーとして、出席します」と明言され、実行に移された。はっきりした人だと思う。

論議の詳細は
 http://www.sangiin.go.jp/japanese/frame/joho2.htm 
(約1週間後からご覧頂けます)


▼早起き( 5月 8日)

時間があっても続けて6時間以上の睡眠をとることができなくなった。「眠るのにも体力が必要だから、高齢になると眠れないのだよ」と先輩に言われた事がある。今朝、眼が覚めそのまま起床して犬と散歩に出かけたら、拙宅前の畑で向こう隣の奥さんがもう野良仕事に精を出していた。「早いですね」と声を掛けたらやはり、「年(58才?)をとると眼が覚めちゃうのよ」と言っていた。

私は22才になる長男と19才の長女には用事がなければ、いくら長時間寝ていても決して起こさない事にしている。寝られる時代には寝ればいいし、早起きの年代に至れば早起きすれば良いのだと思う。私の青年期には、住宅事情もあったが母からいつも「眼が腐っちゃうよ」と言われ続けていた。本当にもっと眠っていたかった、という記憶が消えずに残っている。


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