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■2003年4月3日発行号
▼イラク戦争−ゲリラ戦( 3月30日)
バスタなど南部で民兵組織「サダム挺身隊」の活動が活発だという。クウェート国境から400Km以上にも延びてきた補給路も寸断されそうだというから、米英軍には、深刻な打撃となっているようだ。この部隊はゲリラ隊だから民間人を装ったり、時に米英軍の軍服を着たりしてカムフラージュして急襲するから、敵の警戒心を高め、不安を増幅させ、相当な心理的動揺を与えている。今、私は山岡荘八の「徳川家康」を読んでいるが、日本の戦国時代も同じ戦術が小規模に採られていたようだ。しかし、私はこの戦術は有効であることは認めるが、尚武の心を持った武人が本来選ぶべき手段ではないと思う。私の美意識からは最後のギリギリの選択肢でしかない。
ベトナム戦争の時もゲリラ戦が大きな力を発揮したのだが、反面、起こらなくても良い悲劇が数多生まれた。親米ベトナム人と思って信頼を置いていた身近な人々が実はゲリラで、急に反撃され射殺されたという、アメリカ軍人の数はどれ位となっていたのだろうか。こうして疑心暗鬼から、全く無辜(むこ)の善良な市民を米軍が殺めるという悲劇の連鎖が続いていった。事の始まりや戦争の善悪を取り置いておくとして、民間人の犠牲の上でしか成り立ち得ないゲリラ戦だけは、本当に何とか避けてもらいたい。
▼人工乳房保険適用の質問( 3月31日)
参議院 決算委員会で積年の約束を果たせた。県会議員の時、人工乳房を保険適用して欲しいとの要望を頂き、県議会で質問したり、厚生労働省へ要望書を提出したりしたが、国と直接、論議できなかったので、もどかしい思いをしていた。漸く、直接、厚生労働大臣に問題を提起することができた訳で、半歩前進ということだろう。国会への請願は審議未了となった経過があり、陽の目を見なかったが、国会の場での論議は初めて公の問題として俎上に上がったことになる。
坂口大臣の答弁は「検討する」とのことであったので、今後、引き続き折をみて論議していく必要がある。傍聴に来られていた乳癌体験者所沢こぶし虹の会の皆さんにとっては必ずしも満足のいく結果ではなかったのかもしれないが、半歩前進とは言えるだろう。乳房の摘出は、自殺者も後を断たない程、精神的打撃が相当大きく、人工乳房の普及は、啓蒙活動の不足や過重な経済負担が要因で日本では遅々として進んでいない。100万円もの負担は今日の経済環境の中で個人では重い。1日も早い保険適用にこれからも力を尽くしていきたいと思う。
▼ベトナム国会議員との懇談( 4月 1日)
参議院 文教科学委員会のメンバーで懇談させて頂いた。訪日の目的は日本の文教行政の視察という事であったが、我々にアドリブでいくつかの質問があった。先ずいきなり、21世紀の日本の教育はどのようなものなのか、といったものであった。誰が答えるのか予め決められている訳ではないので、お互い顔を見合わせてしまったが、「やはり有馬先生にお願いしましょう」と一致し、有馬先生も「それでは・・・」と引き受けられた。先生は元東大の総長、中教審の会長、文部大臣という経歴を持たれている方で、誰もがどのように答えられるのか固唾を飲んで見守る中、流れるように語られ始めた。
「40年間、研究生活をしてきたが、一緒に仕事をしてきて1番有能なのがベトナム人だった」と述べられてから、わが国の「ゆとり教育」について説明され、更に高等教育についても国立大学の法人化について触れられた。その後、共産党の林議員からは、国立大の法人化については、「私たちは反対していますが・・・」と釘を刺された。ベトナムの議員の方々には、果たしてどのように映ったのだろうか。
▼中座( 4月 2日)
仲間の代議士から、衆院の本会議場で席を1度も離れず、どっしりと座り続けている人が2人いる、と教えてもらった。そのうちの1人が中曽根元総理だという。参議院に当選させて頂いた直後、勇退された先輩議員から、「若い人の中に委員会でしょっちゅう席を外している者がいるが、君も気を付けなさい」とご忠告を頂いたことがある。以後、肝に銘じ、できるだけ席を空けないようにと自戒している。公務が重なる場合は仕方ないが、本会議や委員会の開会時間には私も極力、スケジュールを入れない。
何かの本で西ドイツのアデナウアーだったと思うが、外交術の秘策を聞かれて「ずっと座り続けていられること」と答えていた。数時間、同じ姿勢で微動だにしないで座り続けていることは、そうできることではない。相手が痺れを切らして妥協してくる、ということをアデナウアーは言いたかったのだろうか。
この辺の話は政治家が軽く見え、風格が欠けてきている、という風評と無関係でないのかもしれない。
▼統一地方選への胎動 あれこれ<4>( 4月 3日)
国会議員のほとんどが党の名前無しには議席を得ることができない。特に「民主党」という看板の威力はとてつもなく大きい。決して個人の力で選挙を勝ってきたなどと思う者はいない筈だが・・・。
地方選挙でも都道府県会議員の選挙となると大きな力を発揮してくれる。それだけ非自民の受け皿としての国民・有権者の期待が大きいという事で、しっかり我々は自覚しつつ、使命を全うしなければならないのだと思う。市町村会議員選挙でも若干の好影響はあるだろうと思う。時折、「党は何もしてくれない」という候補予定者もいるが、私はオヤッと考えさせられてしまう。党というものは、本来、地域や国を改良するための道具としての組織であり、何かを与えてもらうというより、自らが何かを奉仕し得るかを問うべきものだ。しかも党の「名」で十分恩恵を被ってもいるだろうに。
選挙に勝つための術は種々あるだろうが、根本は、私は「感謝の心」だろうと思う。党への感謝はもちろん、わずかでも支援下さった方には感謝の心を持ち、それをはっきりと言葉に表し、懸命に政治活動に取り組む事で、支援者は更に力を寄せてくれる筈だ。一時は若さや、組織や、金や、見てくれや、勢いなどの力で勝ち得ても、勝利を継続し、あるいはより大きな飛躍を望むのなら、感謝の心を持つことは不可欠の要諦だと私は思う。
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