|
■2003年3月20日発行号
▼ブルーリボン( 3月15日)
先般ある会合で知人から、山根さんは拉致問題に熱心なんではなかったですか、と問われた。どんな意味か聞いてみたら、「ブルーのリボンを付けていないから」と言われた。ブルーリボンは拉致問題に関わる人達のユニサインとなっているものだが、私自身は付けていない。運動に携わる草莽(そうもう/民間)の方々には、連帯の証として意味のあるものだが、国会議員が付けることに、私は疑問を持っている。
日本国内や世界中には数え切れない不幸や悲惨が満ち満ちていて、政治家はそのどれにも関心を払うべき義務を負っているのだと私は思う。国内では、交通遺児や夫婦不和で放り出された子どもがいる。1人暮らしで健康を損ね、不安な日々を過ごしている高齢者がいる。零細企業の経営者が資金繰りで苦しみ抜いている。難病や癌で苦しみ、死の恐怖に苛まれている人がいる。家を失い、職を失いホームレスに我が身を置く人がいる。子どもや夫の家庭内暴力で泣いている主婦がいる。国外に眼を向ければ、豊かに見えるアメリカでも貧富の差は大きく、人種差別は残ったままだ。アフリカ、北朝鮮の人々は生存ギリギリの飢餓状況に置かれている。アフガンの女性達は身を売りながら糊口を凌いでいる。国内外の不幸を列挙すれば枚挙にいとまがない。
2年程前にも、エイズ問題で民主党内にユニバッチを付ける議員が多くみられたが、やはり私は付けなかった。人々が黙止している事に光を当て、人々から忘れ去られ風化しそうな事柄に力を尽くすような美意識を持つ政治家で私はありたいと思う。
▼パトリオットへの信頼性( 3月16日)
5年程前、パトリオットの配備されている基地を視察した事がある。自衛隊員に現地で直接、的中率を聞いてみたら、湾岸戦争での検証ではどうやら3割程度にしか過ぎなかったようだ。当時、マスコミから伝えられてきた情報は7割程度とのことだったから現実とは随分、乖離していたことになる。
今では、精度もかなり上がっているのだろうが、100%というわけにはいかないだろう。北朝鮮からミサイルが発射されてから、それを迎撃するとしたら、僅か2〜3分でボタンを押すか否かの決断を迫られるが、本当に現場の自衛隊員にそんな選択ができるだろうか。迎撃したことでかえって被害が大きくなることもあるだろうし、仮に生物・化学兵器を搭載していたとしたら「命中」が仇となるかもしれない。国民の防衛意識はまだまだ希薄だし、世論やマスコミも意識せざるを得ないだろう。法的な適合性はどうなのだろうかなどと、次々と浮かぶ疑問や不安の中で決断の失敗を考えたら、指揮官は選択を忌避せざるを得ないだろう。
つまり日本は相当の被害を受けてからでないと本格的な反撃はできず、情けない事だが在日米軍に国民の生命と財政を第1義的に守ってもらうという事になるのだろう。皮肉なことに、その時初めて国民は国の防衛、自立した独立国としての日本の在りように目覚めるのかもしれない。
▼座席の悪戯( 3月17日)
参議院 民主党・新緑風会の議員総会は院内(国会議事堂 参議院)の第5控室で行われるが、座席は特に決まっている訳ではない。しかし、ほとんどの議員が勝手に自席を決めていて、いつも同じ所に座っている。悪戯心で同僚議員がいつも座っている所に腰を掛け、隣の席には書類を置いて座席を占めた。
A議員、B議員の反応が楽しみだったが、A議員は一瞬ムッとしたように見えたが、書類を私に渡して「あれ、どうしたの」と言ったような気がした。B議員は、「あれ、ダメだよ、秩序が乱れるよ」と私がいつも座っている席に腰を埋めた。全ては笑いの中で進行していったことなのだが、後の席でこの様子を見ていたやはり同僚のC議員には大うけで、笑いが止まらない様子だった。小さな悪戯が喜ばれたことに安堵。
(A・B・Cの議員とは、全く順不同で、榛葉 賀津也 議員、藤原 正司 議員、池口 修次 議員である。)
▼統一地方選への胎動 あれこれ<3>( 3月18日)
来る統一地方選挙で、私の事務所からメンバー1人が市議選に立候補を予定しているが、地元の霞ヶ関駅等(川越市内)でもう5ヶ月位、朝、駅頭に立っている。私が県会議員時代からの最初の秘書で、一昨年の参院選挙でも共に戦い、7ヶ月間、毎朝、県内各駅で朝の駅立ち活動を共にしてきた27才の青年である。朝5時、早い時には4時半に事務所を出発していた事もあり、多分、本人の毎朝の起床は3時半〜4時頃で、よく頑張ったと思う。
今、毎朝の彼の駅立ちには私の息子と時折は娘も付けているが、私自身は衆院候補予定者への駅立ちだけで、秘書の朝活動には1度も行っていない。彼に聞いてみた。「この5ヶ月間で何度位、寝坊した?」「いや、1度もありません」と言う。私は戯れに「そうか、俺の時(参院選)は確か3〜4回寝坊したよな」と言ってやったら絶句し、後は笑い飛ばされたが、まあ、明るく明るく、元気が何より。
▼様々な春の証し( 3月19日)
裏庭の白梅が芽を出し既に満開となっているが、いつもカーテンを引いて閉め切っている2階の寝室の窓を久しぶりに開けたら、手の届くほどの目先に紅梅の伸びきった頂が、まるでお茶目に「コ・ン・ニ・チ・ハ」と私をからかうように、惜しげもなくその美しい姿の全容を現してくれていた。
田圃を囲む水路の結氷も、もう諦めたように日に日に薄くなり、穏やかな水の流れを少しずつ取り戻しているようだ。農家の生け垣の下には、土を這うようにあふれるほどの草が繁茂しているが、眼をよく凝らしてのぞいてみると、それらの中に名も知れぬ赤い小さな花が顔を出している。思わず放尿の体勢に入りかけた愛犬の鎖を強く引きながらも春の訪れを楽しませてもらっている。
(秘密のつぶやき)
『選挙がなければもっとゆっくり春を楽しめるものを・・・』
|