|
■2003年3月6日発行号
▼テレビインタビュー( 2月28日)
韓国文化放送からインタビューの申し入れがあった。内容は首都機能移転問題についてだったが、私が昨年、内閣委員会で小泉総理に質問した議事録を眼にしての取材だった。小泉内閣では現実的なテーブルには乗せない、といった趣旨の答弁だったので、事実上これで凍結の方向へ大きく動き出した。
インタビュアーは私に「韓国へのアドバイスは?」といった内容の質問をしたが、韓国は既に政府庁舎を中部地域へ移転させており実行段階にあると認識している旨、答えさせてもらった。
インタビューは録画なので果たして放映されるものかどうか判らないが、できれば流して頂ければ有難い。前日には、関連の議事録や資料を読み直し、準備万端で臨んだのだが、短時間の取材であり、舌足らずで言い残してしまった事が多く、消化不良の話になってしまった
▼「5年後こうなる」日下公人(くさかきみんど)著を読んで
( 3月 1日)
こういう本が早く出てこないかと思っていた。有難い邂逅(かいこう/めぐりあい)だ。前にも書いたように記憶しているけれど、日本人は自国の歴史について事実と真実を世界的視野で鳥瞰していけば、自ずと国に対する誇りと愛国心が澎湃としてくると私は思う。
本書は歴史書ではないが、日本の飛翔の可能性を熱く訴え、短所を長所に替えるモノの見方を教えてくれていて、失いかけている国の自信を回復させてくれる。政治も経済も日本の未来は明るい、という主張を支持したい。
▼両親の使い分け( 3月 2日)
4月に22才になる息子と2月で19才になった娘は、親への相談事を実に上手く使い分けている。身近な生活に密着した問題は、ほとんど女房に相談しているが、将来への進路など大きな問題は私に相談してくる。
ここまでは当たり前のことだろうが、だんだん狡猾になってきて、女房なら反対しそうなことは私に先ず話し、私から女房を説得させようとする。逆に私が反対しそうな事は女房に話して、内緒で事を進めることが、このところどうも多くなってきているようだ。もっとも親子4人の間でも少しずつ秘密の組み合わせができていて、大した内容ではないが、私と娘だけの秘密や、息子とだけの秘密をそれぞれ2人だけで共有していることがあって、家族皆で談笑してる時に互いにニヤッと眼を重ねることなどもある。「何なの?」と他の2人に言われても笑って過ごす楽しさも子供達は味わい、少しずつ大人の仲間入りを実感していることだろう。
先日、娘が「お父さん(外に)行こう」と私に声をかけたら、女房が「私はいいの?」と羨ましげに声を発した。
▼花粉症( 3月4日)
例年なら春先は、いつも花粉症で悩まされているが、今年は症状が全く出ずいぶかしんでいたら、昨日からの強風の影響だろうか、ちり紙を使うようになってしまった。
それでも10数年ずっと患ってきた症状に比べると、全く考えられないほどの回復ぶりで、自分でも驚いている。この2ヶ月間続けている水泳の由だろうと思っていたら、17年間泳ぎ続けているが未だ花粉症で苦しみ抜いているという話をスイマーからプールで聞かされ、判らなくなってきた。減量と水泳の効力だと私は思うが、人により効能は様々という事なのだろう。
朝の駅頭活動で見かけるマスク人の多くは花粉症患者に違いないが、翩翻(へんぽん)とひるがえる党旗の様を見て、その日の花粉の飛散状況をこのところ自然と考えるようになってしまった。
▼<マイケル・ジャクソンの真実>を見て( 3月 5日)
先日、テレビで放映されていたので、途中からこのロングインタビュー番組を興味深く見た。マイケル・ジャクソン(以下 MJ)が何日間かに亘って、意地悪な質問にも率直に答えていたように思う。
数年前には書籍で「○○の真実」といったものが何冊か発行され、私も「マドンナの真実」を買って読んだことがある。本とテレビとの関係はよく解らないが、質問に遠慮がなく、タブーを設けずに切り込んでいく手法は、同じように思う。美容整形手術での質問には「2度だけしたことがある。鼻のところだけを。そう記憶している。」と答えていたが、「そう記憶している」という表現はチョットおかしいかもしれない。更に突っ込んで「でも顔が昔と全然違っている」と言われると、「成長しているんだ」と強弁していた。、そこまで聞く必要はないだろうにと思ったが、商業ベースでの事の進行ということなのだろう。少し残酷な質問に過ぎた気がする。
「少年虐待」問題に関する質問では、既に和解が成立しているのでサラリとかわしていたが、子供達への愛情は今も変わっていないと主張していた。自分の為だけの遊園地を造り、そこに少年達を招待し、家に招き入れ泊まらせることを今でも続けているMJの行為は善行なのか、性的異常性なのか、といった疑問を投げかける形で質問がなされていった。特にベッドで子供と戯れる行為をインタビュアーが批判し続けたが、MJは一向に怯まず、「セクシャルな事はない。変な想像をしないで欲しい。触れ合いふざけ合っているんだ。愛情なんだよ。」と語ったが、「それは普通のことだよ。どこが悪いの?」と語り続け饒舌だった。私はジョン・レノンと小野ヨーコがベッドの中で記者会見し、現場で記者が厳しくその異常性を強く批判していた映像を思い出しながら、興味深く延々と続くやりとりを見続けていた。自分自身の経験として、他人と肌が触れ合った時の感覚はどんなものだったか、次から次とテレビを見ながら思い返して見ていた。夏の満員電車でのこと、今通っているプールでのこと・・・それが同性であった時の嫌悪感はどうにもならないが、少年の場合には不感であるような気がした。異性の時は・・・書かずにおこう。
人は誰でも生い立ちやDNAなどで必ずしも全てが平均的である訳はなく、MJの少年好きが私には決しておかしな事とは思えなかった。MJがとっても可愛がっている少年と指をしっかり絡み合わせながら質問に答えている姿を見ても、私には違和感がなかった。年齢や性別を超えて、お互いが癒されるのならば、そっと社会は受け入れてやれば良いのだと私は思う。
|