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■2003年2月13日発行号
▼軽妙なトークショー( 2月 8日)
党公認で埼玉県秩父郡横瀬町から町議選に立候補を予定している藤澤はるみさんが中心となって開催したフォーラムに、ゲストとして出席させて頂いた。私の他に菅代表の令夫人 伸子さん、所沢市選出の当麻よし子県会議員が招かれ、3人で自由にお話しを、となった。
事前の打ち合わせは全くなく、菅伸子さんから「どうやりましょうか」と投げかけられ、「それではノビノビ3人で語り合いましょう」と私は応え、トークが始まった。先ず、菅さんはご自身の子供さんが不登校児だったことを告白されながら教育問題に切り込まれた。それではと、私の方も2人の子どもを育ててきた体験的教育の話をさせてもらったが、会場の雰囲気は上々だったと後で、客席に座っていた私の事務所のメンバーが報告してくれた。当麻県議も福祉問題には特に詳しく、質問者にも丁寧に答えていてとても好評だった。
問題はこうした地道な活動が選挙の時、どう評価されるのかが気になるところだ。民主党は都市部で評価されるが、村部では厳しいのが実態だからだ。
▼蕎麦屋( 2月 9日)
美味しい蕎麦屋さんを見つけることに結構、今、夢中になっている。メルマガにも何度か書いているが、只今ダイエット中で、昼食は蕎麦を食べることにしているからだ。この禁を犯すと直ぐに体重は元に戻りそうな気がして、仕事でどうしてもパーティー会場等で食事をとらざるを得ない時を除けば、頑固に蕎麦を守り通している。平日は国会開会中だから大抵は議事堂参議院の地下にあるお蕎麦屋さんに通っている。最初は具の無いもりそばなどばかりだったが、今ではほとんどニシンそばにしている。ニシンで少し太りそうな気もするが、ここは旺盛な食欲と節食のギリギリラインだろうと思っている。
問題は土・日と、平日でも地元で過ごす時の蕎麦屋さんをどこにするかだ。川越事務所で執務する日は、6軒のお店をローテーションを組むように回っているが、用事で市外に出る時が苦労であり、楽しみでもある。店の外観だけでは味の良し悪しを見分けるのは難しいが、だんだん最近では勘が冴えてきて、美味しい蕎麦屋さんに行き当たることが多くなってきている。
国会閉会中は地元回りが多く、随行の事務所スタッフも私と蕎麦を付き合わざるを得ないから、一時期、痩せ始めたみたいだったが、今はどうだろうか。
▼男達の裸体( 2月10日)
先般書いた横瀬町のトークショーの折、予定時間より1時間も早く着いたので、目に入ってきた看板の「武甲温泉」に向けハンドルを切った。町営であったかどうか確認しなかったが、湯船も広くゆったりした温泉場で、露天風呂もあり、本格的な温泉気分を満喫することができた。
私は少々神経質なので、裸で他人の座った椅子にそのまま腰を下ろすことができない。だから、あまり温泉は好きではなかったが、地元の空気や風土を知るにはまたとないチャンスだと思って、暖簾をくぐることにした。入口から少し奥まったところには宴会場があり、カラオケで熱唱する地元婦人の姿があった。廊下には当然のようにマッサージ用の機器が並べられ、突き当たるとマッサージ室があって、マッサージ師が所在なさそうにお客を待っていた。
更衣室で服を脱ぎ浴室に入り湯船にゆっくり身体を沈めていたら、地元の方々らしい隣人が、前夜、地元で起こったカーチェイスのことをしきりと話していた。話の概要はよく解ったが、語尾のイントネーションが独特で私には聞き取りづらく、でもその事がかえって同じ県内の私にもどこか懐かしい訛りのようにも聞こえ、旅情を感じさせてくれた。
湯船につかり、見るともなく見えてくる男達の裸体に眼をやりながら、詮のない思考が次々と私の頭の中に浮かんだ。今、私が夢中になっている水泳では、プールに通う人々は肥満型の人が多いのに、温泉に入る人々の身体つきは様々であること。10才に満たない幼い子どもの青い肉体もあれば、胸や腰の肉が削げ落ち、幾筋ものシワが僅かに残された筋肉を大事そうに包んでいる身体。大きな手術跡が痛々しくもある身体。どの顔も、どの肉体も様々なメッセージを私に与えてくれているように思えた。私の過去や現在、これから起こり得る未来の様々な出来事とその結果を私に見せつけているかのように。そう、全ては、私自身の顔であり肉体であるかもしれない。自分の過去や未来が他人とそう変わるものである筈がなく、同質感が私の心に去来していた。
▼石坂まさをさんという人( 2月12日)
地元事務所はすっかり選挙態勢に入っているので、私は単独行動をとることが多くなった。いつもなら車中で仕事のことを指示したり、情報交換したりしているが、大抵は今、ラジオを聴きながら運転している。番組は音楽番組、特に演歌を拾っている事が多い。家では家族が演歌を嫌うので、時折BSでやっていても視ることができない。無理矢理つけていると皆んな2階へ上がってしまって、居間に1人取り残されることになる。1人で視るのも淋しくいつも諦めているが、車の中では思う存分、『歌はやっぱり、暗くなくちゃ』などと1人ごちては楽しんでいる。
私がカラオケでよく歌うものの1つで郷ヒロミの「よろしく哀愁」があるが、作詞は安井かずみさんで女性特有の感性が私にはピタッとくる。スイッチを入れると最初に飛び込んできたのがこの歌だったので嬉しかった。若い頃では解らなかった詞の意味が今なら痛いほどよく解るようになったのは、積み上げてきた人生の年輪だ、などと勝手に思い込んでいる。
宇多田ヒカルの母親である藤圭子は私と同じ年代であるが、彼女の歌も結構好きだ。ちょうどラジオから「圭子の夢は夜ひらく」が次に聞こえてきたが、作詞の石坂まさをさんとは知人宅で2度ほどお酒を酌み交わしたことがある。藤圭子のヒット曲のほとんどは石坂さんが作詞しているが、とても繊細で美しいガラス細工のような人だった。話していることは政治談義の事でもかなりきつい物言いをしていたけれど、粗野で乱暴な口調が似合わず、私には、この人の壊れそうで少年のような幼気な心を、自ら恥じらい隠蔽する術のように見えてならなかった。糖尿で少し眼を患っておられたように記憶しているが、もうよくなっているのかもしれない。賑やかさを演出するように、2度ともお弟子さんとおぼしき娘さんを数人連れてこられていたが、私には、彼女たちが芸術家の孤独を更に深めさせている小道具にしか見えなかった。
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