■2003年2月6日発行号

▼変わった請願書(1月30日)

昨夜、久しぶりに議員宿舎に泊まったら、ポストに「国語学の改革に関する緊急請願書」というものが入っていた。国語・古語辞典に誤った記述が多く欠陥だらけで、国語学の改革をして欲しい、との記述があった。国語(言語)学界の論争にもなりそうな問題が、国会の請願に馴染むものかどうか疑問だったので請願課に問い合わせたら、「提出されてはいません」ということであった。政府や学会、マスコミ等に送ったものらしいが、参議院の文教科学委員という立場なので、私の所にも送ってきたようだ。

送り主は東陽出版 飯野睦毅さんという方で、お電話してみたら、是非、話を聞いて欲しいと懇請された。国語への思い入れが深く、自らの私財をなげうって研究してきたという。近々、本としてまとめて出版されるそうだ。例えば、『雨が降るかしら』は、今の辞書では、『しら(終助詞)→「知らぬ(ん)の「ぬ」が落ちたもの。副助詞「か」を受け、不確かなことを推測していう語』とされているが、『「か」は漢字「何」と同じ語源。「しら」は、漢字「諮」と同じ語源。「か」は疑問詞であって、「降る・か」は疑問文。「しら」は、下位の者に「どうだろう」とはかる動詞。したがって「しら」という語法を上位者に用いてはならない。』との主張をされている。近々、お目にかかれるのを今から楽しみにしている。


▼野党結集のこれから( 2月 2日)

党内に設置された野党結集準備委員会のメンバー11人(衆院6人、参院5人)の中に私も入れて頂き論議に参画できたことは、10人の人柄や性格を知る上でも私には幸いだった。先般、一定の答申書をまとめ、岡田幹事長に提出した。既にマスコミ報道もされているのでここでは詳細を省くが、自由党との合流を視野に入れて協議機関を設置する、というのが最大の目玉である。また、国民の理解を得ながら進める必要もあり、国民各界の方々のご意見を吸収できる機関を設ける、というのも主要な答申の1つだ。

11人が思い思いに闊達に論議できたが、結局は自由党の小沢党首への評価が、野党結集の推進派と慎重派への分かれ道だったように思う。野党を再編し自民党政権を倒した人だけに、強い力を持った人という認識では皆一致していた訳だが、そこから先の展開へのイメージが大きな違いだった。これから、党の幹部間で詰められることになるが、恐らくは、又、私たちと同じような論議が重ねられるのだろう。


▼コロンビアの空中分解事故( 2月 3日)

7人の乗務員の死はあまりに悲痛で辛いニュースだった。誰しも死は避けられないが、誰の死でもどのような死に際だったのかは、いつも気にかかっている。地元での友知人等の葬儀に列席の折、周りの人に同じ質問をいつもしている。苦痛はどうだったのか、恐怖はあったのだろうか、死を受け入れられたろうかといったことが気になるのだ。今回のスペースシャトルの事故では、恐らく急な事態の展開で、船内にパニックはなかっただろう。亡くなった乗務員7名は今、神の懐に抱かれているに違いはないが、一瞬でも味わった死の恐怖があったとしたら、その時が短くあったことを願わずにはいられない。

事故の原因が今のところ断熱板の破損にあったという説が有力だが、打ち上げ前の異常な徴候を認識しながらも尚、GOを決断した事の是非がこれから問われるのだろう。しかし、それはあくまでも個人の責任に求めることだけは避けてもらいたい。人的システムの問題として考えていくべきだろうと思う。もし、思い当たる個人がいたと仮定したら、もう当人は今、1人で背負いきれない程の苦しみを抱いているのだろうから、私はその人に声をかけてみたいと思う。「これはシステムの問題だったのですよ」と。


▼外形標準課税の行方と石原都知事の心のうち( 2月 4日)

都は二審敗訴となったが、その内容には納得しているという判決は、銀行税の導入自体は適法としたからだ。石原都知事は25年間国会に在籍し、環境庁長官と運輸大臣を歴任し、日本の政治システムが完全に役人により牛耳られていることを、嫌という程味わってきた人だから、都知事の仕事はおもしろくて仕方ないのではないだろうか。予算の編成権も自分自身にあり、やりたい事がすぐに形として表わされるからだ。

当時の美濃部都知事と戦い敗れてから、きっとずっと心の底にわだかまりとして消し去ることのできなかったある思いを、少しずつ晴らすかのように、耳目を聳動(しょうどう)させ続ける奇策は、私には劣等感の裏返しのように思えてならない。

美濃部都知事は豊かな財政をバックに、就任以来、福祉政策などで国を超える施策を次々と導入してきたが、これは国策に少なからぬ影響を今日まで与え続けてきた。結局は、ばら撒き福祉などと批判され、財政をメチャメチャにして退陣を余儀なくされたが、それでも当時、従来にない施策を打ち出し続けたことは確かで、中央政界では、予算については全体の数百分の1、数千分の1程度の復活折衝でしか、大臣でさえ手を突っ込めない様を石原氏は目の当たりにして、暗澹たる思いを抱き続けていたのではないだろうか。


▼ヤンキース松井選手へのご尊父からのFAX( 2月 5日)

179通にも及ぶ我が子へのFAXがテレビ放映された。私が見たのは、番組の終わる直前だったが、野球の技術や心の持ち方へのアドバイスが主な内容だったと女房から聞いた。私が気になったのは、ご尊父が“秀さん”と呼称していることだった。我が子への呼びかけがいつから“さん”付けとなったのか興味あるところだ。

私の場合、19才になる娘には今でも“ちゃん”付けで呼んでいるが、21才の長男への呼称は、名前をそのまま呼びすてている。息子が社会人となった時、果たして私の心境は変わるのだろうか。私は結婚してから女房のアドバイスで、原則として他人には年下でも“君”付けを止め、“さん”付けに急遽変えたが、呼称を変えるだけで相手への思いも変わってくることを私自身、経験した。

子息・松井秀樹選手への思いは、どのように何故、変わったのか、ご尊父に伺ってみたい気がする。


▲「バックナンバー」一覧に戻る
▲トップにもどる