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■2003年1月30日発行号
▼統一地方選への胎動 あれこれ<1> ( 1月24日)
朝6:30〜8:30までの間、川越市内等で駅頭活動を久しぶりに始めたが、色々な反響があった。今日(24日)は、昨日、衆議院の予算委員会で菅代表が小泉首相を論駁したことの反応が何人もの方々からあり、ビックリした。一気に民主党への期待が高まれば嬉しいのだが・・・。
衆院選で埼玉7区から公認決定されている嶋田ちや子さんも、川越選挙区から県議選に公認決定している矢部 節(みさお)さんと駅頭に立ったが、なかなかの人気だった。美人歯科医師だが、握手を求められたり、じっと立看板に貼ってあるポスターを見入られたり、本人に会って顔を赤らめる人がいたり、と潜在的な嶋田さんの集票能力を感じずにいられなかった。
私の秘書の片野広隆も川越市議選で公認決定されて、毎朝駅頭活動を続けているが、「一昨年の参院選を前にした時の駅頭活動に比べると、寒さはそれほどでないですね」と私に言った。しかし私は全く逆で「一昨年に比べ、今年の冬は寒い」という思いだった。やはり当事者自身だと寒さなんて感じないものなのかもしれない。
▼「侵略の世界史」清水馨八郎著を読んで( 1月26日)
本書は、私たち日本人が、漠然とした認識があっても気付かないふり、見えないふりをしてきた欧米の植民地政策について、真正面から取り上げた力作で読み応えがあった。
平和時の感覚で過去の歴史を断罪することほど愚かなことはないが、私たち日本人はもう一度、わが国と世界の歴史をしっかりと見直すべき時期にきているのではないか。いたずらに欧米に憧憬を持ち追随したり、憎悪や反欧米感情を持つのではなく、歴史の事実だけをしっかり学んでおくだけで良いのだと思う。
それだけで私たち日本人は、自らの国の歴史と文化に誇りを持つことができる。日本はそれだけの国家なのだから。
▼統一地方選への胎動 あれこれ<2> ( 1月27日)
駅頭活動中に時折、絡まれることがある。70年安保の数年前からだから、もう35年間も駅頭での政治活動をしてきたが、大概は政策についての質問や詰問であった。時に論争になったりしたものの、それはそれで結構、楽しくもあった。
ところが最近の絡みは、一方的な罵声や意味不明の話が多く、全くかみ合えなくなってきている。苛立ちを抑えられない程の環境を、それらの人々は強いられているのかもしれない。経済的困窮、精神的圧迫、不安が一気に爆発しているかのようだ。
サンドバックのようにじっと耐えている時もあるが、強く反駁する時が私にもある。が、かえって相手を興奮させる結果になって失敗する。現場はいつも生々しい人生修行の道場になっている。国民の苛立ちが、もう相当のところまできているのだと私は思う。
▼経済政策の選択( 1月28日)
「このままでは、日本は滅びる」という人がいるが、経済が破綻した事で直接、国家が崩壊するという事はあり得ない。その事をきっかけに外国の侵略を受け、滅亡した国家ならいくらでもあるが。日本の潜在的経済力、技術力はそう簡単に無くなりはしない。
しかし、一刻も早く経済を建て直さなくては、国民は塗炭の苦しみを味わうことになる。専門家の提案する対策も実に様々だが、もう小手先の施策では無理なのかもしれない。わが民主党も経済対策案をまとめ発表しているが、政府与党ではないから、即実行させる訳にはいかないのが残念である。地道でまっとうな施策であるのに・・・。
ただ、市場を大きく動かすようなインパクトには欠けているのかもしれない。私は経済積極論の方に傾いているので、インフレ・ターゲティングや地域貨幣発行論などにかなり惹かれる。デフレをこのまま放置すれば、失業と不良債権の増大は避けられないのは確実で、物価が下がっているから生活には困らないという一部の議論は間違いだ。賃金がもう物価下落を超えて下がり始めている。
▼政治家志望の若い人たち( 1月29日)
私は31才で市議に挑戦させてもらったが、この年齢が若いと言えば若いが、私と同世代の政治仲間は20代で地方議員に挑戦し議席を得た者も多い。今、埼玉でも地方議員や国政に挑戦しようとする若い人たちがいるが、皆、夢を実現して欲しいと思う。
様々な人生経歴を持っていて多様な人材が、わが党に集まってきてくれていることは有難いと思う。しかし、私自身は人に選挙への誘いかけはそう簡単にはしないことにしている。誘うからには、票の取りまとめ、金銭的支援、労務提供など、ある一定規模の助力を覚悟しなければ私は無責任だと思うからだ。
そして、絶対考慮に入れておかなければならないのは失敗した時の暮らしである。経済生活を抜きにして、政治生活は考えられない。特に家庭を持った人たちへの勧奨には慎重にならざるを得ない。独身の貧しさは美意識で本人も乗り切れるだろうが、妻子には惨めな思いをかけさせてはいけないと思う。私の場合だといつも賭けであったが、できれば後輩には経済的自立の上で、政界に挑戦してもらいたいと思う。
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