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■2003年1月23日発行号
▼メルマガの返信( 1月18日)
少し気になっている個所や、気合いが入っていない時のメルマガにはご不満の返信メールなどを頂くことが多い。「ああ、やっぱり」と思う。
絵画や書もその人物の心の内や大きさを測れると言われる。戦国時代の武将間の手紙のやりとりでも、敵の力量を書で読みとり戦略を立てるのに役立てていたという。
メルマガもしっかり書かなくてはと思うが、時折、とってつけたような事を書いたこともあった。そんな時のご指摘はしっかり受け取らせて頂いてる。
▼「この党は・・・」( 1月19日)
同僚の大島敦代議士(埼玉6区)が党役員との懇談の場で、「民間会社で社長が社員に『この会社は・・・』と言ったら誰も付いていかない。党幹部の『この党は・・・』という表現はおかしい」と指摘したと私に語ってくれた。更にこうした発言の深層心理には、自分を上位に置く慢心があるのだという意見には、私も全く同感だ。
党大会前の両院議員総会でもやはり幹部の1人が「この党・・・」と言っていた。先の党大会では、他党の党首も同じく「この国は・・・」という言い方をしていた。「わが党は」「わが国は」と言うべきではないのか。おかしいと思う。私はこうした発言の心の内には、実は本人も気付いていないと思うが、日本全体に弥漫している狡猾な逃避があって、各界の指導者の多くが時代の風潮に犯されているのだと思う。
昨年、国会で初めて小泉総理と論戦した時、「貴方は自民党を壊すといった発言を繰り返されているが、貴方自身が自民党の総裁である事を忘れている。」と私は言った。自民党を批判することによって自分自身を外に置き、自らを美化しようとする魂胆は私には卑劣に映る。自民党の悪しき体質や歴史も、自民党総裁たる小泉さんは背負わなければならない。これは、現職のトップリーダーの重い十字架なのだ。
又、最近、全国で地方自治体の首長までが、自分の部下である職員を平気で痛罵(つうば)して保身をはかり、責任を逃れようとしている。職域で面罵するならまだしも、マスコミを通じて自分を支える部下を批判するというのは尋常ではない。役人に批判が集中している世相に便乗するが如き振る舞いは結局、自らの首を絞めることにはなりはしないか。そして、最終受益者である市民の幸いを損なうことになる。
党派を超え、組織の長たる者は、組織が負っている様々な宿痾をも背負う責任と自覚を持つべきだと私は思う。海外に在った時、日本人であることから決して逃げられないように、組織の長は、組織の業苦から逃げられはしない。男らしく、あるいは女らしく組織の全責任を背負う気迫が不可欠だ。
▼第156回国会開会式( 1月20日)
天皇陛下の御名代として皇太子殿下が初めて開会式においでになられた。綿貫衆議院議長は、与野党の国会対策委員長を招いて、「緊張感をもって国会運営にあたってほしい」と注文したというが、皇太子殿下に述べられた歓迎スピーチで「天皇陛下の御名代として・・・」の御名代という言葉のところで口が上手く回らず口ごもってしまっていた。天皇陛下にはもう何度も国会で歓迎のお言葉を述べられていたが、皇太子殿下には初めてなので、あるいは、ある種の緊張が走ったのかもしれない。そう思える程、皇太子殿下の立ち居振る舞いは凛々しく堂々としていた。
お言葉を述べられている間中、全議員、低頭したままでいたが、ご退場までの移動の動きを私はドキドキしながらも盗み見ていた。その御姿は白く心なしか輝いているように思えた。いつか、昭和天皇の夥しい後光を見て感動したように、この殿下はキラキラと輝く光に包まれる名君となられるような気がする。
▼貴乃花の引退(1月21日)
相撲が終わり控室に記者が横綱を囲み、今、終わったばかりの取り組みについて質問を浴びせるが、それに全く答えない事での批判がマスコミにあった。勝負に勝っても負けても感想を述べるのがプロとしての責務だ、との記事も読んだ。しかし、本当にそうだろうか。ファンは感想も聞いてみたいが、1番の期待は良い相撲を観る事なのだから、それで良いのではないか。
他のスポーツと相撲の1番の違いは短時間の勝負という点にある。だから、我々には計り知れない集中力が必要とされているのだと思う。最近でこそ饒舌な力士も出てきたが、以前は全ての力士が押し並べて、口は重かった。角界の気風かもしれないが、私には、15日間ずっと緊張感、集中力を溜めておきたいというギリギリの気持ちなのではないか、と忖度される。森山現法務大臣が土俵に女性が上がれない事に「差別」との認識を持っていたようだったが、私は文化としてこうした世界があっても良いとずっと思ってきた。インタビューに対する無言も、そこはかとなく理解できる気がする。口に出した瞬間、何かが音を立てて崩れるような恐怖を私も持った事がある。
貴乃花の印象に残る一番としてマスコミで取り上げているのは、2001年の武蔵丸との優勝決定戦があるが、私にも印象深い一番だった。この一番で今日の引退につながってという意味もあるが、私には、小泉総理がマイクで、あたかも場内の観客に感動をあおるように大きな声で「感動した!」と語った姿が忘れられない。それは、貴乃花がイチローと同じように力士としてあるレベルを超えたところに自分を置こうとする姿と比べ、何と俗っぽく私の目に映ったことだったろうか。
▼お葬式の参列( 1月22日)
支援者の方から訃報を頂き葬儀に参列させて頂くが、一番困るのは私自身、全く物故者はもちろんご遺族との交流にも記憶がなく、感情移入が起き難い時だ。こんな時は大概ご遺族をはじめ、受付の方々も私の事を知らずにいることが多い。それでも心を込めて、ご冥福をお祈りさせて頂いているが、そんな話をしたら知人の県会議員が「市内(選挙区)の葬儀には情報収集して全部出ている」と言う。そう大きな街ではないが、月に平均30件になるそうで、毎日平均1件という訳だ。感情移入も大変だろうが、時間を作るのも大変だと思った。
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