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■2002年11月7日発行号
▼石井紘基さんのこと(11月1日)
密葬に参列した時、偶さか党外の議員(仮にA氏とする)と隣り合わせになったが、お焼香に並んで待つ間、小声でその人が私に色々な話をしてくれた。官界の不正にその人は石井議員と一緒にメスを入れ続けてきた人だが「自分にも絶えず、脅迫状が届いている」と言っていた。正式名称は忘れたが、超党派で官業の癒着を正す議員連盟があって、A氏はそこで石井議員とは交流があったのだという。石井議員だけが追及していた問題もあって、「マスコミが種々に報じているが、真相は単純ではないでしょう」と語る言葉に妙に納得できるものを感じた。
帰り際、民主党の議員仲間で「我々(民主党)はかなり狙われているかもしれない」と語り合っているのが聞こえたが、国会でのスキャンダル追及の翌日に尾行が付いた、といった話は何度か聞いたが、それでも勇気を振り絞って戦い続けている人々(議員)がいる事で社会秩序が保たれている側面もある。私自身はタイプ的にスキャンダル追及型ではないが、それぞれの議員が自身の信念に基づいて独自の型をもって、国政の改革に真剣に取り組んでいけば良いのだと思う。
石井議員とは院(衆・参議院)も違うので、個人的なお付き合いは全くなく言葉を交わしたこともなかったが、何かの会議の後、他の議員と言葉を交わしているのをそれとなく聞いていたら、「役人の権力による利権だけは許せないんだ。これを生涯かけて正していくんだ」といった意味の発言をされていた。その時私は、この人は本気なんだなとある種の感動を覚えた記憶がある。
今、加害者との関わりが様々に報道されているが、私はA氏の発言に妙にひっかかるものを感じている。
▼海外視察報告(3)(11月3日)
▽シリア訪問
夜の飛行機から見えてきたダマスカスの街は、白い、ところによりオレンジ色の光がまるで中心から放射されたように輝く、美しい光の都市だった。日本や欧米の都市とは全く違った夜の光は、まるで異次元のものであるかのような錯覚を私に起こさせる程、魅惑に満ちていた。飛行場から車で夜の街を通り抜けると、驚く程の賑わいで街は活気に溢れていた。この国は中東の中でも美人国と言われていて、エリザベス・テーラーもシリア人だったのだと誰かが言っていたが、すぐに信じられる気がした。サウジアラビア等の湾岸の裕福な人々は、シリアの女性を花嫁として求める者が多いという話も聞いた。
宗教はイスラム教が多数派だが、キリスト教徒の割合も1割に達し、中東では最も高い比率だという。そのこととも関わりがあるかどうか判らないが、女性の服装は比較的自由で黒マント姿を見かけることもあまりなく、イスラム女性が頭を覆うベールであるヒジャーブよりも明色で様々な色模様の高級スカーフを、上手に使いこなしていた。今の日本でさえ、そうは見かけることも少ないが、若い男女が他人眼もはばからず路上で思いきり抱擁する姿には驚かされた。
どこか乾ききって、刀身のような寒々とした国という私のイメージは、一体何だったのだろうか。思えば、この国は4,000年〜6,000年の歴史を持つ世界最古の国の1つで、その長く波乱に満ちた歴史の中で洗練された政治や文化の鋭敏な感覚は、とても我々日本人の及ぶところではないかもしれない。
今回のシリア訪問では、'76〜'00年までの24年間文化大臣を務め、わが国より勲一等瑞宝章を受勲しているアッタール元文化大臣、カッドゥーラ人民議会議長との会談を予定通りこなしたが、急遽、ミロ首相側から、我々視察団と会おうという申し入れがあった。同首相との30分の会談予定時間は大幅に延長され1時間40分にも及んだが、中身の濃い会談となった。首相は、先ずアラブ・イスラエル紛争の歴史的背景を説明した後、テロ問題に触れ、「我々はアメリカの9.11同時多発テログループから最初に攻撃を受けた国である」と述べ、事件後テロをいち早く非難しブッシュ大統領と米国民に対し弔意を表してきた、と我々に語った。そして、テロと抵抗運動を区別する定義付けをするための国際会議を呼びかけたが、アメリカは今日、アラブ、イスラム教徒全員をテロリストのように扱っているように見えるのは残念だと表明した。更に「イラクへのアメリカの攻撃は国際社会にとっても極めて危険」として「アメリカにとって好ましくない外国の大統領や政権をいつでも暗殺、打倒できることになってしまう」と指摘した。
カッドゥーラ人民議会議長との会談では、イスラム教についての様々な話が交わされ宗教談義の趣となった。アッタール元文化相は女性で知日派としても知られ、華道や茶道の嗜みも持たれている。シリアの国民性について、感受性の強い国民で他国の困窮にも決して無関心ではいられないのだと話された。
8月28日の夜、同元文化相主催の夕食会に招かれ、2人の現職大臣、学者などシリア側からは10名を超す出席者であったが、私の眼をひいたのは、日本の在シリア大使館の天江喜七郎特命全権大使への態度だった。心から大使に対する敬愛の念がシリア側出席者に滲み出ていた事だ。大使は10分程英語でスピーチしたが、我々にも細かな気遣いを示し、参議院の日本に於ける特性なども説明されていた。方々に気配りしながら、しっかりと現地で人間関係、信頼関係を築きながらわが国の国益を追っている姿勢は、現地での外交の在るべき形を少なくとも私には無言で示してくれたように思えた。
この他、我々は日本が消防車、梯子車、タンク車などを無償資金協力しているダマスカス県消防局を視察した後、ゴラン高原に向かった。国連兵力引き離し監視隊(UNDOF)は、ゴラン高原におけるシリア・イスラエル間の停戦監視を目的としたものだが、PKOの中でも危険度の高い任務だといわれている。ここに日本からも自衛隊員14名が派遣されており、ランケルUNDOF司令官を我々は表敬訪問した。日本の自衛隊員への評価を率直に聞いたが、司令官ははっきりと他国に比べ「ベストです」と答え、我々を喜ばせてくれた。「英会話をもっとやっておけば良かった」との反省の弁以外は、自衛隊員自身も相当の自信を持っているように見受けられた。ランケル司令官からは自衛隊員の派遣数をもっと増やしてもらいたい、車輌を日本の場合だけ2人で動かすという制約は何とかならないものか、といった宿題も我々に投げ返されたが、何度も何度も日本の自衛隊員の優秀さ、精勤ぶり、士気の高さを絶賛していた。
それにしてもこのゴラン高原にかつてシリアの国民が町を造り、暮らしていた住居が、イスラエルにより見せしめのように倒壊され尽くし、その残骸がそのまま放置されている風景は、黄泉の国にあるのかもしれない死者の街を彷彿とさせ、砂が舞い荒漠とした静謐の不気味さは例えようもなかった。
▼園遊会でのこと(11月4日)
1KMほど陛下をはじめ皇族方が園内を歩かれ沿道の我々に声をかけられたりするが、中には、やたらとこちらから声をお掛けしてしまう人たちがいる。某市の市議会議長は陛下をはじめ何人もの皇族方に話し掛けられビックリした。とてもではないが、私などは陛下の前ではただ頭を垂れることしかできない。園遊会は昨年につづき2度目だが、皇后陛下の透き通るような美しさと気品はえもいわれぬものだ。
陛下が到着される少し前に、女優の藤原紀香さんがメインの待機所にくると急に騒がしくなって、かなりの年配の人たちでさえ、カメラのシャッターを一斉に押していた。彼女の著書を読んでいる私としても興味はあったが、ここは大人になっていなければと、グッと我慢で静かにしていた。顔が小さくて、やっぱり綺麗だった。
▼豪華なメンバー(11月7日)
新たに所属した文教科学委員会に出席したが、ビックリした。委員の中に西岡武夫さん、有馬朗人さん、中曽根弘文さんといった文部大臣経験者が3人もいた。そして、メンバー21名のうち大野つや子委員長を始めとして女性議員が9名、政府側の出席者も遠山敦子大臣、池坊保子政務官とやはり女性がお2人もいたのだ。一緒になった江本孟紀さんに話したら、「いやー以前はもっと女性議員が多かったし、扇さん(現・国土交通大臣)がいたから、理事会では押されっぱなしだったよ。扇さんが話し始めたらもう(反論の時間も気力も無くなるから)ダメって感じだった」と苦笑して思い出話をしてくれた。
私も誰かの代理で出席した決算委員会で答弁を聞いたが、扇大臣は本当に多弁で、質疑者からすると、時間をとられてしまいやりにくい相手だ。
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