■2002年10月17日発行号

▼政権交代の虚(10月11日)

党の代表選挙の前に、鳩山代表と菅幹事長に、私は「次回の衆院選で仮に民主党が第1党になったり、与野党逆転となっても、必ずしも政権交代に直結しないかもしれませんよ」と言わせて頂いた。何故なら、参院では依然として51議席の差が残ったままであり、衆院でも少数差であれば、加藤紘一さんが自民党の幹事長だった時、無所属議員や他党の議員を引っ張り込んで多数派工作をやったが、又、恐らくは同じ事が繰り返されるだろうからだ。

憲政の常道から言えば衆院で比較第1党を外れたり、今の与党枠で過半数が割れれば、政権から外れるべきは論を待たない筈だが、今の自民党にそうした良識が通用するだろうか。最も厄介な問題は、衆・参で与野党の議席差に捻れが生じた時、衆院の議席差だけで政権交代をするには、法案は両院で可決されなければ成立しないという困難をどう克服するかで、ここにも憲法上の矛盾がある。

もし仮に自民党の分裂を期待し誘引したとすると、選挙を通じての民意は反映されないこととなる。つまり、自民党候補に投票した国民は、自民党に政権を、と期待した人々であり、自民党議員が離党して他党に移ったり、院内会派を移動したりするなど、想定していないからだ。

私は少なくとも、衆院選挙における国民の審判がそのまま国の体制を変えることに直結するシステムを、わが国でつくり上げるべきだと思う。



▼ステテコ事件(10月12日)

若い時私は、結局、杞憂に終わり未遂が多かったが、恋愛が成就しそうになると必ずと言っていいほど、彼女にステテコの講釈をしていた。いざ勝負の時、驚かれても困るので予備情報を与えていたのだ。私とステテコとのお付き合いは長く、高校生の時からだから、もう37〜8年となる。私は汗かきでズボンがベッタリとするのが嫌で、ステテコを常用するようになったのだが、先頃、とんだ事で地元の人にステテコ姿を披露する羽目になってしまった。

このメルマガにも書いたが、今、私は時折、時間ができると近所の高校へ夜、泳ぎに行っている。去る日、往きはズボン代わりにも見えるので少し長めの水泳パンツをそのまま履いて行ったが、帰りに履いていくズボンを忘れてしまった。もうびっしょりと濡れた水着で帰るわけにもいかず、100M程の距離を惨めな姿で歩かざるを得なくなってしまった。折悪しく、その日に限って駐車場が満車で路上駐車していたのだ。受付カウンターで先ずは怪訝な顔をされ、校門を出た所で部活帰りの高校生に出会い、私の車の前には近所の奥さんが3人で立ち話をしていた。

こうなったら堂々としていようと決意してそのまま車に乗ったが、やはり近所の立ち話の奥さん方には言い訳しておけば良かったかもしれない。もしかしたら「変人」などと噂されはしないかと、今でも不安だ。



▼「青年の大成」安岡正篤著 を読んで(10月13日)

本書は、昭和39年に出版され版を重ね、本年5月に改めて再版されたものだが、時代のズレは全くなく、飛ばし読みする必要もなかった。丹念に読んでいたら、「我、汝らほど書を読まず。故に汝らほど愚かならず」というエジプトの古諺(コゲン)に出くわし、何か突き放されるような思いもした。

私の従来の読書法は、大切なところ、後から読み返したいところにサイドラインを引き、最後にその頁だけちぎって、表紙を活かし、ホッチキスで留めるというやり方だった。だから、本によっては300頁のものも10頁にして綴じるようなものもあった。しかし、安岡先生の著書は、残しておきたい箇所が多く、殆どちぎらずに書棚に重ねておいてある。

愚息も21才になっているので、少しずつ良書を今、薦めているが、本書も彼の机の上に置いておこうと思う。



▼海外視察報告(2)(10月14日)

▽トルコ訪問
イスタンブル市歴史地区の保存施策について、市の担当者から話を聞くところから私達の視察は始まった。説明者10数名のうち女性が2/3程だったのには驚いたが、男性の説明よりも自信に満ちているようにも思えた。予算や交通規制、建築物の制限方法などを細かく聞いてみたが、日本の法規制の網とはどうも異なっているようで、単純比較もできず、私の頭の中では、すっきりとした整理が最後までできなかった。トルコはヨーロッパとアジアの境を成す国で顔立ちも2つの系列にはっきり分かれているが、ここの説明員の人達はヨーロッパ系の人々で、私達をじっと見て「目の細い人達も、私達の国にもたくさんいます」と語っていた。我々はただ苦笑するしかなかった。

次にタシュ・イスタンブル県宗教指導者と会談したが、氏は1948年生まれで私と同じ年だが、落ち着いた物腰は、私から見ると年長のようにも映った。氏は「この100年、世界は確かに物質的には豊かになったが、精神面では後退している。昔は物質と心が調和されていたのに」と慨嘆していたが、「だからこそ宗教の重要性が今、高まっている」と述べた。

ここまでは誰しもが納得できる一般論だと思うが、私は次の発言に興味を持った。「メキシコ市長は(法的に?)カトリックでなければならないとされている。(時間が無く帰国して未だ自分で確認できていない。)又、アメリカの大統領は(実際的に)非キリスト教徒では当選できない。つまり、政教は必ずしも西欧においては分離されているとは言い難い」といった内容だった。発言の背景には、トルコはイスラム国として唯一NATOに所属していて、今、更にEU加盟を目指しているが、イスラム教徒が人口の9割を占めていることから、宗教がネックとなっていて、なかなか思うようにならない、といった苛立ちがあるように見えた。

公式会談が終わり、私は迷惑かとも思ったが、私的に日本の総領事館の人と話す機会があり、下世話に質問したことがあった。それは「トルコ風呂」についてだった。偶さか、この問題で奔走した外交官が同席されているのを知っていたからだった。言葉の由来は、トルコに昔からある四角いスチームバスのイメージから、日本の業者が使い始めたのだそうだ。トルコの大使が日本に着任早々、あるパーティーの帰りタクシーに乗り、「トルコ大使館へ」と言ったら、その運転手さんは「トルコ大使館」という風俗のトルコへその大使を送ったという。そこで、初めて日本における「トルコ」の意味を理解し、外務省に強く抗議したことから、「トルコ風呂」の名称使用取り消しの運動が起こったという。当初、各省庁に話してまわったが取り上げてもらえず、相当の苦労をされたようだ。やがてマスコミの報道するところとなり、警察庁が法案提出するところまで行ったのだという。

この業界は怖い人達も結構いて、恐怖を抱きながらも外務官僚としての使命を全うさせて頂いたという苦労話を詳細に聞かせてもらったわけだが、とても笑えるような内容ではなかった。今、外務省の評判はさんざんだが、この事だけでなく、命懸けで頑張っている外交官のいることも一方の事実だ。


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