■2002年7月4日発行号

▼ビラ配りのカイカン( 6月28日)

私自身、もう何十回、否、何百回ビラを撒いてきたことだろうか。19才で政党活動を始めて35年になるのだから、回数は間違いなく3桁にはなっている。駅頭ビラ配り、ポスティングが2大ビラ撒きになるが、駅頭ビラ配りで受け取って頂く確率は、私の場合かなり高く、本気でやると他人に敗けたことはない。テクニックやメンタルコントロールで独自のリ・ロ・ンを私は持っていて、このことで30分は充分に講義することが可能だ。連合の皆さんと今でもご一緒に駅頭活動をしているが、多分、私のビラ撒きの実力はお認め頂けると思う。

さて、ポスティングは選挙時を除くと、議会活動書の配布を中心に長年やって来ていて、16年間の市議会議員時代は年に4〜5回はこなしていた。私の地元地域は約6000世帯あるが、住宅街もあるものの主に農村地帯なので、全戸配布を終えるのには約2週間を要していた。久しぶりに、7月8日の私の国政報告会用ビラを自転車や徒歩で数日間、ポスティングを行ったが、まだまだ20代の事務所のスタッフにも、勝てはしないが敗けてもいなかったろうと思う。

ビラ撒きは目標とする地域や枚数が限定されているので、具体的な達成感があって正に「快汗」である。家に在っての皿洗いとビラ撒きという単純作業を時に渇望する自分がおかしくもある。



▼雨の散歩( 6月29日)

雨は、降るべき時にはやはりしっかり降って欲しいので、梅雨は決して嫌ではない。しかし、私の場合、この時季ちょっとした苦労が待ち受けている。朝晩の犬との散歩は私にとっては癒しの時間でもあるが、散歩の後には、雨で土が付着した愛犬の体をシャワーで洗ってあげなければならず、これがちょっとした仕事になる。体重が30Kgを超える大型犬(コリー)だが、大人しくしているので助かるが、水を拭き取るのがなかなか手間だ。バスタオルでは足らず、敷布を使ったりもするが、連日の雨天では乾かずに間に合わないことが度々ある。そんな時、真新しいタオルをおろすこととなるが、犬にはチョット贅沢過ぎると思っている。

毎日の通勤電車の中で考え事をすることもあるが、1番頭の巡りが良いのは歩いている時で、散歩も私にとっては意味のある時間だ。日本に於ける民主社会主義の泰斗である河合栄治郎先生の全集に出ていた話だったと思うが、「トーマス・ヒル・グリーンの研究」の中で、この博士が大学で教鞭を執っていた時、キャンパスを後に手をまわして、俯き加減に歩く姿が有名だったという記述があった。ナポレオンやベートーベンの肖像画にも、そんなポーズのものがあったと思う。歩きながら考えることを経行(きょうぎょう)というが、レベルの違いはあっても、私にも経行は有効な思索の形となってきている。



▼村田英雄さんの死( 7月 1日)

「人生劇場」「皆の衆」「無法松の一生」など男っぽく骨太感のある歌いっぷりが大好きで、行きつけの居酒屋で今でもよく私自身、これらを歌っている。数年前、先妻を亡くされ村田英雄さんの憔悴している映像を見て、同情の念を禁じ得なかったが、その後、両足切断など満身創痍の中で歌い続ける姿に様々な思いが去来した。

もう30年以上前になるが、現・石原都知事と三島由紀夫の対談を本にまとめたものがあった。この中で「男らしさとは」を語る件があり、期せずして「自己犠牲」と2人が一致していたのだが、実は私自身も全く同じことを考えていたので、我が意を得たりとの思いだった。こんなテーマはどうでも良いような事と思われる方も多いと思うが、私には大切な命題でもあった。それは、いわゆる「男らしさ」にコンプレックスと嫌悪感が心の中に同居していて、自分なりに整理しておく必要のあった時期だったからだ。亡くなった母からは「男らしくネ」とよく言われたもので、そう在ろうと自分に言い聞かせてきたが、不確かな定規のない言葉に、いつもどこか不安だった。

村田英雄の男っぽさに憧憬を抱いていたが、どうしてここまでカッコよく突っ張っていられるのか、生前であったか死後であったか、先妻との家庭での在り様がテレビで放映されてたのを見て、初めて私は合点がいったのを憶えている。つまり、前夫人の献身的な犠牲、忍耐が村田英雄の全てを支えていた、と。家庭のやりくりにしても、村田英雄がしっかりと行い、奥さんは1度として財布を手にしたことが無かったという。夫婦のことは、本人達でしか解らない事が多いが、それにしても・・・という思いは残る。

いずれにせよ、村田英雄さんが残した名曲はこれからも多くの男を癒し続けることは間違いない。



▼「健全な教育を考える会」に出席して( 7月 2日)

発会式は6月27日に開かれ出席したが、今日の役員会には都合がつかず欠席した。スタッフに代理出席してもらったので、会議の内容は掌握している。

一部で新聞報道されたように、中学生向けの教材にピルの服用を促すような記述があって「如何なものか」との意見が多かったが、他面、欧米ではピルの服用は思春期の子どもにはホルモンバランスを崩したり、発癌性を高めるなどの症例も多く、禁止又は抑制の方向にあるという。ピルを奨励する小冊子を発行した厚生労働省所管の財団法人が、製薬会社から間接的に支援金を受けている事実もあると新聞報道されたが、取り敢えずは子どもの健康面からしっかり情報収集して、適切な措置をとるべきだろうと思う。次に記述内容の妥当性を論じていくこととすべきだが、突き詰めると性の問題は人間の生存そのものに関わることであり、哲学的なレベルでの論議は必至だろう。この会合に出席したある議員は「常識」という物差しで考えていくべきと発言していたが、その「常識」とは何かが問われている時代なのだ。戦前の常識、戦後の常識、江戸期やそれ以前の時代の性に関わる常識は激変してきた。これから白熱した議論が展開されていくだろう。



▼民法改正法案の提出( 7月 3日)

厳しい経済・雇用環境の中で母子家庭の平均年収は229万円で、一般世帯の35%以下にある。生活保護基準以下の世帯が半数だが、実際に保護を受けているのは8.5%に過ぎないという。自立しようという意欲の強さを表す数字だとも言えるが、何か痛々しい。

政府は年々増加する母子家庭に対し、財政上の理由で逆に児童扶養手当を事実上、減額する方向にある。民主党は今日、参議院に「民法の一部改正案」を議員立法として提出した。これは、離婚した夫に、実子に対しての扶養義務をしっかりと自覚させるべく、まとめられた法案だ。提出者代表の円より子さんと参院内各会派に、私は国対の担当役員として挨拶回りをしたが、今国会での本格的論議はなかなか難しく次の国会に継続審議されるよう努力していかなければならない。

家裁の離婚調停で養育費を取り決めても、1年〜1年半で約束通り支払われるケースは半数になってしまうという現実を、少しでも変えようという意志が、この議員提案を支えている。


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