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■2002年05月09日発行号
▼日朝赤十字会談( 4月25日)
「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟」が4月25日発足し、私も設立総会に出席した。
小池百合子さん、高市早苗さん、森ゆうこさんといった女性議員党派を超えて呼びかけ人となっていたし、民主党からも山谷えり子さんが参加していた。東西冷戦構造が崩れてもなお、共産主義への愛着と幻想を棄てきれないでいたり、反自民、反体制の理念が本人の自覚理念ではないもののマルクス・レーニン主義に染められたりしているオールド・レフトの女性議員が多い中で、何とも頼もしいメンバーだった。
日朝赤十字会談が再開され、2年ぶりに北朝鮮側がテーブルについたが、私たちの日本国内での一連の運動が効を奏してきたことは間違いない。会談で朝鮮赤十字会は消息調査を既に再開したと言っているとのことだが、北朝鮮の国土面積程のところなら、極端な国家管理下にあるこの国の共産主義体制の中で、どう考えても日本人被拉致者の消息をつかんでいないなどということはあり得まい。日本側交渉団も充分に解ってはいようが、国際世論の動向や日本国内の政治状況を見極めるための時間稼ぎを北朝鮮側はしているに過
ぎない。
▼英語力の判定( 4月26日)
EUのプローディ委員長が衆議院の本会議場で演説を行ったが、これは委員長自身の強い希望だったと聞いている。21世紀前半は、恐らく米国、EU、中国、日本等が核となって世界を動かしていくだろうから、日本はアメリカ一辺倒から、先ずはEUとの関わりを再構築していくべきだろうと思う。
過般、ブッシュ演説を参議院本会議場で聞いたが、それに比べ、プローディ氏は、やたらと笑顔を振りまいているように見えた。氏はイタリア人だが、あの明るさは、北部ではなく南部出身の人ではないだろうか。今のイタリアは4〜5ヶ国が確か合併した国だったと思うが、出身地によってかなり雰囲気が違う。
そのプローディ演説を同時通訳が流されてくるイヤホンをまったく付けずに聞き入っていたのが私の2つ隣りに着席していた川口外相だったが、その隣の小泉さんは私と同様、終始イヤホンを外すことはなかった。
▼メーデーの思い出( 4月27日)
4月27日、第73回埼玉県中央メーデーに連合埼玉よりお招き頂き出席した。晴天で新緑の美しい大宮・鐘塚公園に5,000人が参加しての集会は雇用不安を抱えながらのメーデーではありながら、壇上にいて伝わってくる空気には昨年よりもどこか、暖ったかく和んだものがあった。労組へ帰れば様々な困難が山積もしているだろうから、参加者にとりメーデーはエネルギーの充電となるのかもしれない。
私が初めてメーデーに参加したのは、19才の時だったと思うが、とても新鮮だった。都内の私立高校を卒業して間もない頃で、私には労働組合運動の全てがワクワクする刺激的なものだった。医学書を出版する会社で、産別は出版労協だった。組合は5月1日のメーデー休日を労使交渉で勝ち取っていたが、全国中央メーデーへの参加者は必ずしも多くなかった。それでも組合員の半数は出ていたように思う。代々木会場は広く参加者が数万人だったろうから、先頭から最後尾までが会場を出るには2時間以上かかっていたと記憶している。出版労協はそのほぼ最後尾のグループだったから、待ち時間がやたらと長く、苦痛なほど退屈だった。
▼中国の傲慢( 5月 1日)
江沢民国家主席(以下、江主席)と公明党の神崎武法代表が会談し、この中で江主席は小泉首相の靖国神社の参拝について「小泉首相はこの問題を簡単に思ってはいけない。私は小泉首相の靖国参拝を絶対に許すことはできない。」と強く批判したという。会談内容は、公明党の説明によるというが、もし、こういう言い方をしたのだとしたら、極めて国際的礼儀を失した言動だろう。一国を率いる指導者(小泉首相)に対して無礼である。私自身は靖国神社の国家護持やそれにつながる総理の参拝には反対であるが、国家と国家の関係においては、日本の尊厳を傷つけるような外国指導者の言動には激しく抗議しておきたい。江主席が日本語で話したのか中国語で話したのか定かでないが、中国首脳のわが国を見下したかのような言動がこのところ多く、この際、はっきり非礼をその場で日本の政治家は諌めておくべきである。神崎代表もそれなりに江主席に釈明はしているようが、高圧的な国家には、事前にいくつもの反論を用意しておかなければ、外務省の役人のように唯々、頭を下げる外交しかできまい。
▼石原慎太郎都知事の行方( 5月 3日)
25年の永年勤続表彰に当り、本会議場で演説した内容が報道され、「代議士をこれで辞めるが政治家を辞めるのではない。」と石原衆議院議員(当時)が言ったという。この時、狙いは都知事だな、と私は直ぐにピンときていた。その通りとなったが、初めて国会議員(参議院議員)になった時も雑誌のインタビューで「寝首掻いても天下をとる」と語っている。私は、今でもこの人の野心に変わりはないだろうと思う。
長く自民党の中にいて、自民党と政界を批判し続けるスタイルは小泉首相と似ているが、私はこうした姿勢はどこか政治家としての誠意に欠けると思っている。小泉首相も、又もや自民党の抵抗勢力を意識して解散を言外に滲ませながら「自民党を倒すか、小泉内閣を倒すか」と二者択一を迫るような発言をしている。まるで他人事のようだ。小泉さん、貴方は自民党の最高権力者で総裁ではないのか。党内をまとめられないのは、貴方自身の非力ではないのか。自民党の責任者は貴方自身であるのだ。時に自民党総裁として発言し、時に国民の同情を求め、党内の孤児を演出したりするのを見ると、「もっと男らしくやったらどうか」と言いたくなる。組織(自民党)の上に立つということは、その組織の美味しい果実だけを手に入れることではなく、苦い実も味わわなければならない宿命を背負うことなのだ。
常に時代の寵児でいたがる性癖は2人に共通している。国民的人気を背に石原氏は総理を夢想しているだろうが、自民党内の空気は冷たい。人の世話を焼いたりという親分型ではないからだろう。自分の思想や信念を政治という場で実現させるには、例え政権をとっても、国民的人気だけでは短命に終わる。同僚議員の支持や支えがなくては本格的政権の樹立は困難だろうと思う。過般、わが党の幹部と酒席でじっくり話し合える機会に恵まれたがその某幹部は、「考え方などは全く違うが、妙に気が合う。」と石原都知事、小沢自由党代表の事を表していた。「私は全く逆で、考え方に近いものがあるが、あの人たちと一緒に仕事をする気持ちにはなれません。」といった意味の話をした。アメリカのニクソンやレーガンは野に在っては、かなり激しい反共主義者だったが、大統領に就任してからは、驚く程、大人だった。それは組織の中にあって、様々な労苦を重ねてきた蓄積の為せる業だったのだろう。
結果は予測できないが、ポスト小泉の人選の基準が「総選挙で勝てる総裁」となれば、石原氏以外、自民党に人材はいない。マスコミは石原新党と囃し立てるが、新党では1つのブームは起こせても次の展望が描けない事は石原氏には解っているだろう。石原新党の結成はあくまでも2次的な選択に過ぎない。国民には是非とも長期的視野でこれからの政治選択をして頂きたいと思う。石原氏の発信するメッセージは強力なだけに、氏の登場は脅威だ。
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