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■2002年04月18日発行号
□■自衛隊法・防衛庁設置法の改正( 4月17日)■□
本会議で私が質問した法案である。具体的には陸上自衛官の数を454人減らし、海上、航空自衛官の数をそれぞれ14人増やすという内容である。軍備を数の上で削減することに反対する者はいないが、世界的趨勢にもかなっている法案だ。
しかし、軍事費でみるとアメリカがこのところ漸増していて、中国は10年前の5倍にも膨れ上がっている。
私は法案に関連して北朝鮮の拉致疑惑、不審船、テロ、エシュロンの問題をとり上げたが、官房長官、防衛庁長官、外務大臣の答弁はいずれも、当たり障りのない、恐らく官僚が作ったであろう答弁書を棒読みするだけの、全くつまらぬ答弁となってしまっていた。
詳細は、約1週間後から 参議院ホームページ
http://www.sangiin.go.jp/japanese/frame/joho2.htm
に掲載される予定です。ご参照下さい。
▼「アジアの知略」李登輝 中嶋嶺雄共著 を読んで( 4月14日)
正にアジアの知性と言えるのだろう。リー・クワンユー氏も知性の人だが2人に共通しているのは、そればかりではない。烈々たる独立自尊の気迫だ。命がけで国を創り上げてきたという自負と自信が文面に滲み出ている。出版社の企画がちょっと中途半端で大系立てたものとしてのまとまりに欠けるが、随所に日本への期待が込められている。
李氏は日本は新渡戸稲造の考えをもって新しい出発をすべきだろうと提案しているが、軽井沢で同氏の講義を聞き、感激したと書いている。この時の講義内容は、イギリスの思想家トーマス・カーライルの「サルトル・リザータス」だったという。新渡戸稲造が英文で書いた「武士道」は今でも有名で、私自身も読んでいるが、カーライルのこの書も20代の時に何度か読んだことがある。私が読んだときの本のタイトルは片仮名で「サートーリサータス」(衣服哲学)と書いてあったと思う。
しかし、私の感性が鈍いせいか、両書とも感動を覚えたという記憶はない。「武士道」に欧米人が感動し理解を示したのは、著者の欧米文化の教養が極めて高く、武士道を説明するのに、様々な欧米の歴史や文化を引き合いに出していたことが大きく影響していたのだと思う。日本人が武士道を学ぶのなら、やはり私は鍋島藩士の書いた「葉隠」をお薦めしたい。
▼福島瑞穂さんのダイエット( 4月15日)
エレベーターでお会いし「少しお痩せになりましたね」と余計なことかと思ったが声をかけたら、「今迄、1度も成功しなかったダイエットに初めて成功したみたいで、少し痩せました」という答えが返ってきた。「色々、ご苦労様です」と言ったら、ニッコリ笑顔で応じてくれた。
▼朝の駅頭活動( 4月16日)
私は国会への毎日の通勤で上福岡から東上線を利用しているが、週に2日程、駅頭で上福岡市議会の議会報告書を配っている光景に出会っている。いずれも共産党の2人の女性市会議員だが、2人とも季節折々の草花の様を描写するなど、女性らしさを匂わせる議会報告書で通勤電車の中で思わず読み通してしまっている。私は元々、共産主義や共産党にはアレルギーを覚えている人間だが、議会レポートづくりには素直に脱帽する。
参議院選挙では、1月から7月の選挙まで土・日を除き毎朝、私も県内各駅頭に立っていたが、当選後、党の国会対策委員会の副委員長に就かせて頂いたので、出勤時間も早く、私自身は今、朝の駅立ちができていない苛立ちがある。
共産党は日常の駅頭活動が一番活発だが、他党も活発化させれば、活動の差別化が埋まり共産党にはかなりの打撃となるに違いないのだが、、、。
▼本会議初質問の裏側( 4月17日)
所属する委員会では既に6回質問に立っているが、ごく限られた議員の前での質疑である。これに比べ、本会議での登壇となると参議院の全議員を前にしての質問であり、心の中では当然議員の品定めが行われもしようから、かなりな緊張があった。
質問原稿の作り方は、私が要旨を口述して党の政調(政策担当者)から2人のスタッフがそれを筆記して多少の脚色をした上で成文化したものを、私が改めて筆を入れるという方式をとった。私が最初から全文を書いたものをスタッフにチェックしてもらうというやり方もあろうが、私も自分の書いたものを大幅に添削されるというのは、あまり気持ちの良いものではないという思いもあった。
スタッフがまとめてくれたものは、なかなか整っていたが、結局、私自身の個性を滲ませる為に半分位、私自身が削除し、加筆した。こうして事務局の綿密な筆と政治家としての私の個性・主張が上手くマッチした原稿が出来上がったと思う。
原稿を透明のクリアファイルに入れて登壇し、取り出してスピーチしたが、実はファイルには3葉の写真もしのばせておいて、それを傍に置いた。1枚は私と両親が3人で笑って映っているもので、私が多分19才か20才位の時に撮ったものだ。この頃、私は秘かに政治家を夢みていた。1枚はちょうど10日前に他界した義母の写真。あと1枚は昨年の4月8日急逝した秘書の依田俊彦の写真だ。4人とも生きていてくれれば、それぞれに私の本会議デビューをきっと喜んでいてくれたに違いない。 合掌
▼国会見学( 4月18日)
うちの事務所では人数に拘わらず随時、国会見学を受け付けている。地元の小学校からの要請もあるが、全くの個人での希望も時折あり、ご案内して喜んで頂いている。先般、後援会の皆さんが50人ほど来られ、国会見学の後、会議室で
ご挨拶と国政報告をしたが、身近な人なのでどんどんマル秘扱いっぽい話もしたら、興味深く聞いて頂いた。政治家と金の関係、鈴木宗男さんのこと、経済のことなどだが、こっちも多少の失言なら許されると思い、ノビノビとした国政レポートとなった。
参議院は今月16日から、今迄講堂として使われていた所が疑似本会議場としてオープンされ、国会見学の子どもたちから好評を博している。実際の本会議場には入れないが、ここだと賛否を表示するボタンと表示板も備えられているので、小学生などにミニ国会として活用されてくるようになるのではないか。利用をご希望の方はご一報下さい。
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