■2002年03月20日発行号

■■■本日3/20参議院内閣委員会において、福田官房長官をはじめ各大臣に対して、質疑を行いました。北朝鮮拉致疑惑や不審船問題を取り上げ、疑惑の究明や国交正常化を進めるため、政府の見解を質しました。議事録が出来次第、ご報告致します。■■■

▼▼▼来る3/26にも同委員会において、2回目の質疑に登壇予定です。その模様は参議院ホームページにおいて、生中継でご覧頂くことができます。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/frame/joho1.htm  ▲▲▲

▼朗人(ロウジン)と呼ばないで下さい( 3月15日)

予算委員会で自民党から質問に立った有馬朗人(アリマアキト)氏は冒頭、表題の発言をして笑いを誘った。
眼を落として、資料を読んでいた私は、思わず2列前の発言席に顔を上げた。失礼だが、真後ろからお見受けする姿は、ロウジンそのもののように私には映った。少し、シワの目立つスーツは質素な生活を彷彿とさせて、私に暫く様々な連想をかき立てた。

傍らに座っていた仲間の議員である内藤正光氏が「大学(東大)で原子核の講義を受けたことがあるんですよ」と語ってくれたが、そういえば、アインシュタインは、経済生活を心配する仲間が小切手を贈ったが、それが何なのか理解できなかったのか、あるいは生活に関心がなかったのか判らないが、それを栞代わりに使っていて奥さんが見つけて取り上げたという話があった。

質問は、淡々と教育問題を取り上げておられた。参議院の宝の一つかもしれない。因みに経歴は、昭和5年生まれ、元東大総長、元中央教育審議会長、元文部大臣。

▼住宅産業の経済効果( 3月18日)

埼玉県の山がとても荒れていて、治山や治水に大きな影響が出ている、ということをどこかに書いた記憶がある。家の建築に必要な木材は、その土地のものが最適なんだろうと素人ながらに考えたりしたものだが、仮に県内の業者が一斉に県内産を求めたとしたら、とても供給体制が追いつかない状況にあるという話を今日、業界の方から聞かせて頂いた。

法隆寺に使われている木材は年輪が1000年を越えている、という話の中で、年輪が刻んだ年数を超えたところにまで、家屋の寿命があるという。とすれば、日本のこれからの住宅づくりも根本的に考え直すべきなのではないのか。
100年を越えたところで家屋寿命を設定できれば、住宅ローンの組み方や保険も抜本的な検討が必要となってくるだろう。

今、景気の回復が焦眉の急だが、住宅建設は建築費の2.6倍の波及効果があるという。家具、電気器具等々を考えてみれば頷ける話だ。

▼自由党との選挙協力( 3月19日)

新聞報道で自由党との院内協力が進む課程に、「選挙協力」という文字が目に付くので、この際、基本的な私の考え方を記しておきたいと思う。

党の幹部会(衆・参役員)の大勢は、今は慎重にということのようだが、今後、どう話が展開していくのか判らない。
日本の民主主義は本物ではなく、なかなか根付かないと言われる。
民主主義の言葉の変遷を改めて、先に読んだ長谷川三千子氏の「民主主義とは何なのか」で認識させられたが、時代によってそのイメージや定義は大きく変わってきている。しかし、国民の良いイメージの平均的な受け止め方は「一人一人の尊厳を重んじる考え方」というものであろう。そうした意味でもわが国に民主主義が根付いていないというのは、個人が主体的に考え、判断していく自立した力に欠けるということなのだろうが、選挙に於ける、政党間の協力などは、まさに国民の個々の思考を混乱させ、国民を無視した政党の一時的な損得勘定でしかなく、やがて政治への不信や嫌悪を惹起しかねないと思う。

政治家は一切のタブーから解放されているべきだが、現実には様々な生々しいしがらみの中で生きていて、一つでも禁忌は少ないに越したことはない。
議会制民主主義をチャーチルの言うように欠陥も多いが、他に選択する形式が考えられず、これを尊重していくということをテーゼとするなら、政党人が他政党を批判できない、というタブーは絶対に設けてはならない。
ものの言えなくなった政治は鬱屈し、閉塞し、やがて独裁政治を生む土壌を作り上げてしまう。
百歩譲って、選挙協力が、許容される範囲は、精々、自党の候補者の擁立を見送るという程度のものに限定されてしかるべきだろう。

▼山口敏夫さんからの手紙( 3月20日)

差出人を先ず見る癖が身に付いているが、住所が書かれていない「山口敏夫」の文字にはビックリした。私信だと思ったからだ。しかし表を見てみると参議院会館707号室を記されたシールが貼られていたので、全国会議員に送られたものだろう。

鈴木宗男議員に対する証人喚問が行われたが、偽証罪として野党4党が告発したことに対する所感を述べたものだが、読み進んでみると、ご自身の被告発と検察捜査への疑問と不満に多くのスペースを割かれている。

かなり具体的な記述であり、しっかり検証してからでないとこの手紙に関する限り、安易に論評できないが、私が7年前、最初の埼玉県議会議員選挙に立候補した時、ご夫妻で拙宅を訪ねてこられ新進党の公認で出て欲しいとの要請を頂いたことがある。新進党の先行きに既に疑問を抱いていたこともありお断りし、無所属で出馬したという経緯がある。
私の地元、旧埼玉2区で議席を長く持っておられた方だけに、親しいお付き合いはなかったが、懐かしいお名前ではある。



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