■2002年03月07日発行号

▼鳩山・小沢会談の真相( 3月 1日)

新聞で報じられていた党首会談には、唐突で何か私には不自然なものが感じられたが、党の両院議員懇談会で鳩山代表から今日、説明
があり溜飲が下がった。

昨年12月、横路代議士が小沢党首と接触したことが問題となった時、他党の党首との会談は党の執行部が正式なルートで行うこととされていた。
最近になって、ある新聞社から小沢党首との対談の企画が持ちかけられ、役員間で協議したが、小沢党首も了承されているということもあり、応諾することとした。
ついては、いきなり対談というわけにもいかず、役員4人で事前の打ち合わせをした、との説明であった。
その時の話として、1)、4野党で結束して政権を打倒すること、 2)、民主・自由両党が中心的役割を担っていくこと、等を確認したという。
又、小沢さんからは「民主党がしっかりすれば協力していく。」という発言もあったことも紹介された。

最後に、「我々は、民主党政権をめざすのが基本で、あくまでも選挙準備を整えて解散を求めていきたい」と結んだ。

▼春の訪(おとな)い( 3月 3日)

毎年、立春前、最初に春の予感を覚えるのは、裏庭にある白梅の開花だ。次に前庭の紅梅の開花という順になるが、朝の犬を連れての散歩では、日一日と変化する名も知れぬ草花の様子を新河岸川の土堤上で体感することができる。

濃いブルーですみれ科の小さな花弁が、まだ朝の寒さに痛々しいが、「蘭の植物館」という大型の花屋さんで鉢植えの同種のものを見つけて、名前をオオブリエチアとメモした。
店員さんに「同じものですよね」と聞いたら、困ったような、気の毒そうな顔を向けられ「多分、違うと思いますが」と言われた。
未だこの花の名前を確認できていない。

春の実感で今年、新しい体感が一つ加わることになったのは、宿舎のシャワーだ。私の部屋には風呂は無くシャワー室があるだけだが、7Fである為蛇口からの勢いが弱く冬には寒い思いを強いられている。しかし、この頃、漸く耐えられる程の寒さになってきたことで春の訪れを感じている。

▼リチャード・クー氏への質問( 3月 5日)

「日本経済 生か死かの選択」という本を読んでいるところ、ということもあって、一度、お会いしてみたいという思いを持っていたが、今日、願いが実現した。党の財務・金融部門会議に講師として出席したリチャード・クー氏がその人だ。
氏は徹底して竹中大臣への批判をテレビを通じてやってきたが、この日も竹中批判を穏やかな語り口だが舌鋒鋭く展開していた。

「構造改革を果たした上の経済効果は全体の2〜3割にしか過ぎない」「不況の原因について、私は企業の行動に注目しているが、竹中大 臣は、個人の行動に重きを置いている」 「財政再建と不良債権処理は今やるとかえって財政赤字と不良債権を拡大しかねない」といった言葉がポンポンと飛び出してくる。
会議室に向かう道すがら、催し物案内の掲示板を見て他党の議員数人から「リチャード・クーさんが来ているんですか」と聞かれ、氏の高名ぶりを改めて知る思いがした。

参加者の中に金融や財政の専門家が多く、かなり突っ込んだ専門的な質問も続いて予定していた時間をオーバーしてしまったので、私は講演が終わったところで、個別に質問する形となった。
クー氏は、長期的な経済活性化策として前述の著書の中で、高規格の住居購入を勧めている。アメリカのように貯蓄に金をまわすのではなく、貯えはリフォームに使い、住居に付加価値を与えて老後、これを高く売却し、自然環境に恵まれたところでセカンドハウスを求め、ゆっくり余生を楽しむようなライフスタイルを築くことを提案している。
しかし私は米国と違って日本人は農耕民族のDNAが引き継がれていて、長年住み慣れた土地に高齢者となってから別れを告げる、という気持ちにはなれないのではないか、と聞いてみた。
氏は「それでもやってみてはどうか」と関西訛りの日本語で答えてくれたが、団塊世代の我々の平均的感覚では、子供のそばで暮らしていきたいという思いが強いのではないだろうか。

▼「日本経済 生か死かの選択」 リチャード・クー著 を読んで( 3月 6日)

経済には素人の私でも興味深く読むことができた。失われた10年と言われるが、この間、日本人の預貯金は増え続けたわけでも、消費も大きく落ち込んだわけでもない、という指摘には「えっ?」という思いがした。
不景気の最大原因は企業の設備投資が極端に減ったためという。

地元の企業人の方々からも融資のご相談など、様々なご要望やご意見を伺うことが多いが、かなり成功確立の高い新規事業への意欲をお持ちの方に対しても金融機関は融資を断り続けている状況である。
どこからみても経営状態の良いところには無理にでも銀行などは融資しようとしているが、こういう企業は無借金経営を理想としていて、設備投資意欲は低い。

この辺のジレンマをどう断ち切るかが正に、日本経済 生か死かの選択となるのだろうと思う。

▼国会と地方議会( 3月 7日)

生活スタイルとして見ると、地方議会と国会の一番大きな違いは、拘束時間の長短にある。
議会による拘束は地方議員の場合、年間、視察も含めると50〜60日。
国会は臨時国会も合わせて計算すると通常国会150日プラス50日としても200日は超えることとなる。

私は、地元が埼玉だから国会までの通勤時間は、電車を乗り継いで1時間半かかっている。市会議員の時は20分、県会議員の時は40分だったから、この差は大きい。
地方議会の始まる時間は議会によって若干違うが、川越市議会と埼玉県議会の場合10時からとなっている。国会は議会の始まる前に会議や勉強会が目白押しで、いずれも朝8時開始だから、前日、夜、遅いときなどは少し辛い。

議会が短いといっても地方議員の場合、国会議員と比べ、圧倒的に陳情の数が多い。したがって議会がない時でも、しょっちゅう役所に行くこととなる。この他に、党務や仲間の選挙の応援などで忙殺されるが、活動の内容は幅広いものとなる。
国会議員はというと、終日、国会に釘付け状態で、地元への挨拶回りも思うようにいかず、「国会議員になったら、ちっとも来ない」などと支援者からお叱りを受けることとなる。

市議会では年4回の議会毎に一般質問ができたので充実感があったが、県議会では、年1回しかチャンスがなく議会活動での満足感はあまりなかった。
翻って、国会は質問の機会はけっこうあるが、いつになるか判らず準備が大変という難点がある。

市議会、県議会にそれぞれ16年、6年と在籍させて頂けたのは、さまざまな場面で本当に幸いだったと思う。



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