■2002年02月28日発行号

▼エシュロン( 2月24日)

世界の通信を盗聴するための組織としてつくられたエシュロンは、アメリカが中心となって築き上げてきたシステムのことだが、1980年代に既に告発がありEU議会は特別委員会を設けて調査を行い、公式にその存在を認めている。
私は参議院選挙の時、この問題をとり上げ訴えてきたが、同僚の国会議員からは票にもならないことだからと窘(たしな)められたりした。
当のアメリカは、正式にはこの存在を認めていないので、日本政府も及び腰で存在の有無さえ問い合わせようとしていないようだ。
国際的な通信による商取引のやりとりの全てを盗聴され被害を受けた、との話しも多い。軍事、経済、政治あらゆる分野で盗聴がなされるとしたら、一国の主権さえ守れなくなってくる。

先般、EU議会で最も強硬に反対しているドイツのイルカ・シュレイダーさんから様々な話を聞いたが、今の流れではEUとしても自らの盗聴システムの構築に動こうとする力が強い、と言っておられた。
一度築かれたシステムをアメリカがみすみす手放す筈はないだろうと容易に想像がつくが、自由や平和という共通価値の共有だけで全てを友好国と思いこむ誤りを犯してはならない。

未だ目先の国益を唯一の価値基準としている国々ばかりなのだという冷厳な事実をしっかり直視すべきで、国と国とはクールな大人の関係だという当たり前の感覚を、日本人は一刻も早く取り戻していくべきだと思う。
米国はこんなことがあっても尚、日本人にとり一番大切な同盟国であるが、日本のように、国家意識を喪失し先ず市民ありきから出発している国家は善良な人々の喝采を浴び続けるだろうが、結局は、世界中から国民の財産を簒奪され続けることになる。
眼醒めよう日本!


▼中曽根元総理への2つの質問( 2月25日)

私が生まれ育ったのは、東京都豊島区高田南町という街で、25才迄暮らしていた。豊島区は衆議院選挙区では旧5区に当り、自民党では建設大臣から文部大臣を経て、衆議院議長となった中村梅吉さんがおられた。この中村さんが河野派から分かれたばかりの中曽根派に所属し、選挙前の集会などに派閥の領袖である中曽根さんがよく応援に来られていた。
父も政治好きであったことから時折、私も演説会などに顔を出したりして、中曽根さんの話を聞いたことがあった。弁舌爽やかでいつも聴衆を魅了していたように思う。中曽根さんの私邸はたしか、豊島区高田2丁目(旧・高田南町)にある筈だ。
中曽根邸と田中(角栄)邸は1kmしか離れて折らず、更に、田中邸から鳩山邸までも1〜2kmのところで3人の総理経験者の私邸がひしめき合っているこの辺りのエリアはなかなかの壮観である。

先日、朝食会で中曽根さんの話を聞く機会に恵まれた。声の張りは幾らか弱られたようでもあるが、理路整然とした話しっぷりは変わらなかった。
私は「団塊の世代議員白書」という本の中で尊敬する政治家の一人に中曽根さんの名を挙げたことがあり、私が中曽根さんに質問する折、殊更にそんな話を交えてみたが、ニコリともせず、クールな表情を崩すことはなかった。私は端的に2つのことを質問してみた。

1つは、「今のアメリカにアドバイスすることがあるとしたら、どんなことでしょうか」と聞いたが、「イランを非難しているが、実際の軍事攻撃をするとしたら慎重を期した方が良い。」という答えであった。評論家の田久保さんが、私の前にイラク問題で質問したこともあって、こんな答えになったのだと思うが、私には物足りなかった。もっと大きな歴史的な流れの中で、一国利益主義に陥っているアメリカに対するアドバイスを、との思いだったからだ。

2つ目の質問は、「今という時代の中で、世界連邦についてどう考えるか」というものであったが、これに対しては、「暗闇に星を見るようなものであって、現実には手の届かないものだ。」と答えられた。極く当たり前の答えであった。
会場には若干、失笑が起こったが、それは私の質問に対する冷笑なのか、中曽根さんの答えに対して向けられたものか判らなかったが、間髪を入れず、さっと答えられた中曽根さんの脳裏には、この問題に対する熟考は少なくとも今、ないのだということだけは解った。

イスラエルとパレスチナの問題、9月11日の米国の同時多発テロなどを見ていると、人類の業のようなものを私は感じざるを得ず、究極的な人類の平和の構築には世界連邦は不可欠だ、という思いが強い。政治家の頭の中にそろそろ具体的なテーマとして、世界連邦をイメージすべき時期が来ているように考えているだけに、中曽根さんの常識的な答えが私には淋しかった。


▼冬季オリンピック( 2月26日)

ソルトレーク五輪が終わった。テレビでゆっくりとオリンピックを見ることはなかなか出来なかったが、フィギュアスケートで試合が終わった後に行われたエキジビションでの演技を少し見ることが出来た。
金メダルをとったペアチームや個人優勝したアメリカの女性スケーター、サラ・ヒューズ選手の演技は本当に美しかった。

地球上の生物のどんな美しい動きよりもより美しく人間は、様々な喜びを表現することが出来るのだと思った。白鳥をはじめ、どんな鳥の羽ばたきよりも美しく羽ばたくことができ、水鳥の水面への静かな滑るような着水よりも、よりなめらかに滑ることができる。

種の保存本能は全ての生物に共通したものだろうが、人だけは時折、同種の人さえも殺戮するという過ちを犯す。

私たち人間は、醜くもあり、美しくもあり。


▼結婚の前に( 2月27日)

私が結婚適齢期だった昭和50年頃は離婚する人はあまりいなかった。だから歌手の一節太郎が歌っていた「逃げた女房の〜〜」で始まる「浪曲子守唄」は、半ば洒落で歌ったりしたものだった。

厚生労働省のお役人から日本の将来人口推計の説明を受けた時、離婚者の数を聞いたら、年間29万組だという。結婚するものが年間80万組だから、数字のマジックはあるが、長期的にみれば、約1/3弱の人々が離婚するという計算になる。日本の欧米化がここでも進んでいると言うべきなのかはともかく、私にはショッキングな数字だった。
地方議員を長くやってきたので、市民の方々から離婚問題についてのご相談も数多、聞かせて頂いた。「離婚やむなし」という事例も多い。離婚は善悪で判断すべきものではないが、子供の精神的安定ということを考慮すれば、決して喜ばしいことではないだろう。

今度、大学生になる18才(2/27生まれ)の娘と4月に21才になる大学生の息子に結婚する前には同棲した方が良いと言ったら、2人ともビックリしたような顔をしていたが、直ぐに眼を輝かせて「本当〜」と聞いてきた。2人ともきっと私の提案を受け入れることだろう。

結婚を想定した同棲の最大の利点は、相手をしっかり理解し、チェックできるところにある。人生への意欲や感性、思いやる心、粗暴さや浪費癖、性的倒錯などは容易に知ることができる。又、情に引きずられて妥協したのでは意味がないので、半年とか1年とか期限を区切った別離か結婚かの選択と決断が必要だろう。
無気力な者同士の同棲はそれなりに居心地の良さが生まれて、むしろ2人とも浮かび上がれなくなりそうだが、輝くような同棲生活に幸あれ!


▼戸塚宏という人( 2月28日)

いわゆる戸塚ヨットスクールの戸塚さんである。
ヨットスクールの事件については私は細かく記憶していないが、いったいどんな人なのかという関心はずっと持っていた。鬼のような心の人なんだろうか、体は大きいのだろうか、無粋だろうか、教養はあるんだろうか、金を貯めこんでいるんだろうか、どんな声をしているんだろうか等々の興味であった。
先般案内状が送られてきて、氏の講演を聞きに行った。清水谷の宿舎と隣り合わせの赤坂プリンスホテルが会場だったので、都合の良さもあった。

先ず世界人権宣言を批判していた。キリスト教の思想に基づき、人間は生まれながらにして理性を持っているという前提そのものを否定した。人間の理性は教育によって植え込まれるものであって、最初から与えられているものではないという氏の指摘は強烈だったが、私は直ぐある出来事を思い浮かべた。
教科書だったか参考書だったか忘れたが、今から50年も前、人間の赤児が、何らかの事情があって、狼にさらわれ、狼に育てられたという話だ。2〜3人の子供だったと思うが、言葉はもちろん立ち居振舞い、全ての動作は狼と全く異なることがなかったという。少年に人としての教育を施そうと何人もの学者・教育者が挑戦したが徒労に終わったという。

人間は生まれながらにして理性を持っているというのは、氏の指摘するようにやはり違うのだろうと思う。家庭や社会によって「人間」を作り上げてこその人権だと言う氏の主張には説得力があった。
現場での様々な教育経験と研ぎ澄まされた感性、積み上げられた知識と教養は論争での大きな武器ともなっているだろうことは容易に想像がつく。なまじっかの教育論では、この人には通じまい。

石原都知事はヨットスクールを支援する会の会長をしているというが、石原氏に対してさえ戸塚氏は「彼にはまだ本当の教育が解っていない」などと平気で言ったりする。大変な自信家である。
氏の話を聞いたのはこれで2度目だったが、最初は2年程前のことで、県会議員当時で、この時は講演後、酒を酌み交わしながら2人だけで30分位話しこんだ。様々な問題で必ずしも意見が合うということはなかったが、久しぶりの充実感を味わえる対談だった。
3年間だったと思うが、警察で拘置されていた時に宗教書と哲学書を読み漁ったという。欧米の文化人がよく指摘するように仏教は宗教でなく哲学だ、とする見解を先般も講演会で述べていたが、「それは違うな」というのが、私の見解であり、氏と異見する点の1つだ。

追伸:今日朝刊で、最高裁は上告を棄却する決定を下したという報道記事を読んだ。噫。

▼軽んじられる日本( 2月28日 No.2)

米国防総省は、対テロ戦争に貢献している26カ国の国名を挙げて謝意を表したが、この中に日本の名が無かったという。
国防総省筋も当惑し「訂正版」を出し直すことを検討していると言うが、100カ国を超える数ならともかく、単純なミスだ、などとは思えない。もし、そうだとすると、米国の国防総省は、国の危機管理や国防などを遂行できる体制にない、ということになりはしないか。私は極めて意図的なものがあったのだろうと思う。

中谷防衛庁長官と偶(たま)さか、エレベーターで2人(秘書官、SPを除く)だけの乗り合わせとなり、「単純ミスでも日米の信頼関係に大きく影響するのだから、人事的処分も求めたらどうですか」と水を向けてみた。
長官は「抗議します」としっかりと静かな口調で私に答えられたが、アメリカ側から見て、日本が自立した尊敬に足る国と映っていないところに、むしろ私は日本の危機を感じる。



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