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■2002年02月14日発行号 ▼永年議員の特典は廃止の方向( 2月10日) 党の国会改革ワーキングチームの役員会に参議院側を代表してピンチヒッターで出席した。 その他、衆議院の各党代表により正式に協議されている事項とし
て、25年、50年在職の議員に与えられている種々の特典の見通し問題があるが、廃止の方向で話が進められている、という報告があった。
所用で越後湯沢へ行った。新幹線で関越トンネルを抜けると、いきなり雪景色の中に入り込んでしまった。川端康成の小説「雪国」の冒頭にある「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」を実感した。 湯沢の街中を散策していたら、土産物屋の入口に、大きめの額縁の中に一葉の写真が飾られていた。額の脇には細長くカットした画用紙に「田中真紀子さんの中学生時代」と書かれたものが立てかけられていた。
お隣りの部屋ということもあって、大仁田厚議員とはおしゃべりをする機会も多いが、大仁田さんは明治大学の現役学生で、私も一応埼玉大学の学生という立場である。
「国際問題に関する調査会」で、日本貿易振興会の酒井啓子研究員の話は興味深いものだった。アメリカは本気でイラクのフセインを倒そうとはしていない、との指摘は私も全く同感だ。特に今回のアフガン攻撃とその結果を見ていると、軍事的にも政治的にもイラクへの攻撃は、敢えて中途半端なものとしているように思えてならない。「アフガンの次はイラクだ」とアメリカは言うが、恐らくは、フセインを倒すには至らないだろうと思う。
今日、2月14日は父親の19回目の祥月命日である。 父は7人兄弟の末っ子であるが、私の女房もそして私自身も7人兄弟の末っ子であり、私は、父親56才の時の子供である。参院選挙の演説会場などで冗談混じりに「父親が最後の力を振り絞って私を創ったのだから、私には国家改造という大事業にも耐えられる体力がある」と訴え、大いなる喝采を受けたものだ。 父は酒好きで、私の幼年期には酒屋で知り合った見ず知らずの人を連れてきたりしていた。厳しい経済生活を日本中が強いられていた時代だったから、困り抜いた人を見ると我が家の家計も火の車だったに違いないが、誰彼となく世話をしていた。いつも我が家には知らない人が寝泊まりしていて、兄弟は家には居ず、私は事実上1人っ子として育ったのだが、寂しさはなかった。 私が結婚した時、父は87才でかなり足が弱くなっており、どこへ行くにも妻が毎日、脇に手を差し入れるようにしてついていたが、2年もするとほとんど寝たきり状態となってしまった。老人の世話で1番大変なのは元気な痴呆人の徘徊だが、我が家ではこの経験がなくて済んだのは幸いだった。下の世話は悪臭が辛いが、直に慣れてくるものだ。妻と2人共同作業で何とか乗り越えられたが、夫が、自分の親の世話を妻1人に押しつけるということは悪徳といえるだろう。 |
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