■2002年01月17日発行号

▼私は抵抗勢力?(1月13日)

経済政策については、少しずつ今、勉強を始めたところだが、どう も私はこの分野では党内の抵抗勢力に自分がなるような気がする。
昨年の臨時国会の終盤で柳田稔議員(参院国対委員長代理)から「山 根さんは、30兆円(国債発行枠)についてはどう思う」と聞かれ私は「突破ですね」と答えたが、これは見通しを述べたものではなくて 「そうすべき」という意味合いであったつもりだ。
埼玉県内のある団体の新年会の一言スピーチでこの種の話をした ら、壇上で党内の代議士から小声で「私もそう思う」と言っていた人もいるのに嬉しかったが、県内の経済人から種々の話を聞いていて、このままでは日本の経済が沈んでしまう、という危機意識が永田町で薄いような気がする。

国会が終わり年末・年始に国会議員は地元に戻り地域の声を聞く機会が多いので、1月21日からの通常国会では少しでも空気が変わってくれれば良いと思う。
今、積極経済策をとるべき時だと思う。

▼痛ましい戦争の後(1月14日)

アメリカのアフガン攻撃で政治的な所期の目的は達成された筈だ が、依然として空爆が続けられている。無辜(むこ/罪のないこと)
の民間人の犠牲者がこれ以上出ないことを強く望んでいるが、現実 は空しい。私はアメリカはこれ以上の空爆を続けるべきではないと思う。何の為の攻撃であるのか解らなくなる。

戦況を考えれば、テロの一掃という軍事目的なら時間をかけてで も、民間人の犠牲を避ける上で地上戦に移行すべきだと思う。ベトナム戦争では結果的には双方が非人道的にならざるを得ないゲリラ 戦で、アメリカは多くの犠牲者を出したが、アフガンではこの心配はないのだから。

「人道的な武器」などあり得ようもないが、今回、アメリカが使用したクラスター爆弾は「戦争の後」をあまりにも無視した兵器と言わざるを得ない。地雷の撤去作業も多くの困難が伴い戦後の復興に支障をきたしていることを、過去の教訓から学んでいる筈だが、この新種の爆弾は空から地雷を撒き散らしたようなものだ。
武器の選択は軍人に任せてはならない。軍人は(正しくは軍隊は)、軍事目的を達成させることにのみ専心し易く、戦後の復興についての関心は薄い。


▼成人式に出席して(1月15日)

毎年、地元の川越市主催による成人式に出席しているが、マスコミで報道されるような乱暴な式典となったことは一度もない。但し、会場内の喧噪はいかんともし難い。あるいは、入場させてから久々に会う同級生との雑談の時間を設けることで、かなりの静寂を取り戻せるのかもしれないが。

今年が例年になく参加者が多かったのは驚きだ。外で友人と雑談に耽り式典になっても入場しない新成人が、去年までは多かったのだが今年は違った。昨年より新成人は減っているにも拘わらず、座りきれず立ったまま式典に臨んでいた者があふれるほどだった。
川越の場合、地域を2つに分けて第1部、第2部という形で行うが、都市部より農村部の出席率が高いという現象がある。都市は村部に比べ地域の連帯がやはり薄いということなのだろう。

無秩序で、放っておけば暴力的な行動に出る者の対策は、私は受け身ではなく、厳罰で処していくべきだと思う。自由を守ると言うこと、民主主義を育てるということには、政治や行政は責任を負っており、新成人には先ず大人としての責任と決意を身を以(もっ)て理解させなくてはならない。決して社会は新成人で迎合してはいけない。
貿易センタービルへのテロ事件で脚光を浴びたジュリアーニ市長は既に犯罪都市ニューヨークを安全な都市に劇的に変質させることに成功して高名だったが、その成功の要因は、徹底した「厳罰」だった。


▼国会議員の歳費減額について(1月16日)

国民が生活に苦しむ時、政治家もその苦痛を共有するのは当然のことであり賛成である。翻(ひるがえ)って、政治家への打撃が一番強いのは民主党と社民党の議員かもしれない。

自民党は政権政党であり政治資金も他党議員に比べれば潤沢である。自民党の現・石原行革担当大臣など若手議員の人達が実際の政治資金を数年前に積極的に公開していた事があるが、ほとんどの人が年収1億円を越えていた。この経済規模からは、歳費1割削減は湯船のコップ1杯ほどのものに映るのだろう。
公明党は、ある同党所属の国会議員が言っていたが、世界一の集票組織である創価学会が支援する政党で、選挙の際、あるいは日常活動の中では政治家個人の経済的負担は他党議員に比べればかなり少なくて済む筈だ。
共産党議員も強固な党組織に支えられており同様だろう。
民主党は連合という支援組織はあるものの、一部の連合の組織内議員以外は、経済的負担は個人の肩にかかっており、歳費の削減で影響をもろに受ける議員が多い。政党助成金に伴う党からの交付金だけでは足らず、実際には歳費を日常の政治活動に補填しているのが実状だからだ。社民党も同様だろう。

歳費削減で痛痒(つうよう)を感じない議員もいようが、ここはしっかり国民と痛みを共有する時と心得ていきたい。


▼党員獲得と日本の政治風土(1月17日)

自民党総裁である小泉総理や自民党の山崎幹事長も目標の党員獲得数に達しなかったという。果たして日本の政治風土で政党の党員など根付くのだろうか。私は否だと思う。

ある種の決意を持って入党し、党員としての自覚や誇りを持っている人達が共産党員以外にどの位、わが国にいるのだろうか。地域で自民党員の実態も見てきたし、わが民主党員の現況も知っているが、とても欧米の政治風土とはかけ離れていると思う。主婦の雑談の中でも政治が話題となることはあまりなく、むしろタブー視されがちなのがわが国だが、欧米では男女に関わりなく政治が日常の会話の題材となっているようだ。

民主党も党大会を前にして党幹部と国会議員で意見交換する場が何度かあったが、私のこうした認識を述べさせてもらった折、異見を持った人はいなかった。
党員を増やすことが党勢拡大に直結するというのは共産党以外、幻想だろう。わが党はサポーター制度という党員に準じる新しい組織づくりを試みたが定着させるのは難しいだろう。ふわっとした支持者は議員個人の後援会に入会することすら避けたがるのだから、日本における国民レベルの政治的組織は、後援会が精々だと思う。
但し、このことは日本人の必ずしも非政治性を表すものだと断定することはできない。



▲「バックナンバー」一覧に戻る
▲トップにもどる