■2001年11月22日発行号

■国会コラム

▼石原行革大臣と竹中財政大臣に論戦(11月20日)

石原大臣は疲れているように見える。
党内外のバッシングもあろうし、同業者として苦しみはよく解る気がする。
行革は今、自分で歴史を刻んでいくんだ、という思いでしっかりやって欲しい、と激励した。漸く屈託のない笑顔で「ありがとうございます。」と答弁してくれたが、基本的には行革は一般の国民に痛みが伴うことはない。「隗(かい)より始めよ」が庶民の率直な声ではないだろうか。
権益に群がって美味しい思いをしてきた人こそ先ず、痛みを味わってもらわなければならない。
ご尊父の都知事への評価も聞いたが、「我の強い父を持ったので、どうしても腰が低くなってしまう。それが、弱腰と映るのかもしれない。」と後で語ってくれたが、国家と国民のため耐え抜いて頑張って欲しいと思う。

竹中大臣とは時間もなくあまり議論できなかったが、多弁で誠実な答弁だったと思う。しかし国会外の発言として「弱者」から20〜30代を除いたりする発言は理解できない。
結婚した時から生活苦が始まるのだから。


▼陳平さんの肖像画(11月21日)

衆・参両院で永年勤続(衆議院は25年以上、参議院は24年以上)表彰を受けた人の肖像画が掲げられているが、野末陳平さんの絵には傍らに猿が描かれている。
そういえば、ラジオで猿を飼われている話を聞いたことがある。
目立たぬように小さく、さりげなく登場させている。
おそらく院内(国会内)に数百枚あるであろう肖像画の中で、動物と一緒なのは参議院第31委員会室にあるこの1点だけではないだろうか。
いかにも陳平さんらしいと思う。
笑顔があったかい。


▼参議院改革について(11月22日)

憲法にも衆議院の優越が具体的に書かれている(第67条)。
しかし、参議院は衆議院の下部機関ではもちろんない。国会対策副委員長をやらせて頂いている関係上、色々の情報が入り込んでくるが、与野党を超えて衆議院との軋轢(あつれき)があるようだ。衆議院から参議院に移った人達もいて話を聞いてみると、衆議院は参議院をやはり心のどこかで下部組織と見なしている節があるようである。
私は本来の二院制の在り方を与野党を超えてしっかり議論すべきだが、必ずしも二院在りきの前提でなくても良いと思う。
二院制が必要であれば存置すべきだし、不要なら廃止すべきなのだ。
但しその時は参議院が不要なのではなく二院制が不要なのだから衆議院も廃止し、全く新たな一院制とすべきだろう。
そうした議論ならば、奥歯に物の挟まったような発言はなくなるだろう。
国民にとっての国会の在り様を思いきり語り合える筈だ。


■徒然コラム

▼夜中の一家団欒(11月18日)

女房は毎晩母のオムツ交換の為、1時過ぎまで起きている。時折寝付かれないと言って娘や息子が2階の自室から居間に降りてくる。
私も国会の質問準備などで起きている事も多く、真夜中に一家団欒となることがある。

20才になる息子、17才になる娘も漸く反抗期を脱し、身のまわりの事などを話す。娘もやがて嫁ぎ、息子も自立していくまでにあとどの位の有余があるのかなどと考えてしまう。
人生は短く喜びにも、悲しみにも、苦しみにも満ちている。


▼階段登り(11月19日)

自他共に私は体力を認められる元気者だが、60代に向けた新たな体力作りをしたいと思う。体力の貯金を使い果たしたかな、と言う感じだ。

好きなテニスや時間をかけた愛犬との散歩も思うに任せないので、この際議員会館の自室にはエレベーターをなるべく使わないことにした。
事務所は7階なので息が乱れるが運動にはなっていると思う。
国会への通行は地下2階を使う事が多いので9階分を3〜4回は上り下りしている。
一番辛いのは朝通勤する時だ。地下鉄有楽町線の永田町駅はかなり深く、地下3階分はある。エスカレーターを使いはするが、止まらず歩きながらの利用だ。そして議員会館を1階からの計算だと10階分は歩くこととなるのだ。

先ずは健康第一でいこう。
「いつまで続くのかな」という悪魔の囁きが私の心の奥から聞こえてはきている。



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