|
■2001年11月 2日発行号 ■徒然コラム
▼始球式(10月28日)
雨だったけれど、地元川越市萱沼(かいぬま)にあるグランド・ゴルフ大会に出席した。
始球式でプレーしたが、大きくゴールからボールが外れてしまった。私の後に地元市議も続いてプレーしたが二人目の市議は見事にゴールインさせた。 実はこの市議さんは眼が不自由な方で盲導犬を連れての生活だが、パラリンピックの柔道で何度か金メダルをとっている人。
やはり勘というか、運動神経が私とは違うのだろう。 脱帽。
▼田嶋陽子さんの素顔(10月29日)
テレビ中継のあった参議院の連合審査会で質問をした田嶋陽子さん(社会民主党)に声をかけさせてもらった。 本音で「私とは主張が全く違ったんですが、先日の質問は先生らしさが出ていて良かったですね。」と言わせてもらったら、とても喜んでおられた。「もうメチャクチャになってしまって死にたくなっちゃった」とか、「上手くいかなくって終わったら泣いちゃったの」などど言っておられた。
テレビの印象通り、元気で言いたいことをズバズバ言う人だけれど、とてもナイーブで魅力のある可愛い人(絶対差別用語ではない)だと思う。 議場では党派は違うが、自民党の舛添要一さんが心配そうに見守っている姿があった。 同じ内閣委員会の所属で度々お会いすることになる。
「良い人」との出会いは人生の楽しみの一つでもある。 ハッピーな邂逅(かいこう/めぐりあい)と思う。
▼園遊会(11月 1日)
園遊会に出席させて頂いた。 天皇・皇后両陛下のご招待によるもので、民主党参議院議員には10数名の枠があり、8月、早々に申し込みを済ませた。 前々日の10月30日に内閣委員会で、園遊会につきテロが心配される中、開催において充分な警備体制を要望したが、何事もなくホッとした思いだ。
今迄、テレビ報道でしかその模様を知らず、スポーツや芸能等で著名な一部のメインゲストの方々だけに陛下から声をおかけになっているものと思っていたが、招待された2000〜3000人の方々が御苑内の林道に約1Kmを越え一列に並んで、両陛下をはじめ皇族方からお言葉を頂ける。 私には皇后陛下から「お元気でよくいらっしゃいました」と声をおかけ頂いた。(ような気がする。)えもいわれぬ気品としか言いようのない空気に包まれる思いだった。
諸説あるが、2600年を越える歴史と伝統の中で培われてきた皇室文化があってはじめて、この世のものとは思われぬような風情が皇族の方々から醸し出されているのだろう。 天皇制度の意義というものを別の角度で考えさせられる一日だった。
■国会コラム
▼国会初質問(10月30日)
初めての国会質問を終わった。テロ、北朝鮮拉致問題、雇用問題で45分の質疑であった。 主に福田官房長官との論議だったが、具体的成果としては、ハローワークの土曜日オープンについては、前向きに検討するとの言質(げんち、げんしつ/後の証拠となるような約束の言葉)を取ることに成功した。用意していた質問の3割位しか時間の関係でできなかったが、まずまずの出来だったと思う。
ビデオで直ぐに見てみたが、落ちそうになるズボンを上げる癖はチョット見苦しい感じで反省している。 テレビは正直に自分の姿を映すので、辛いところもあるが勉強になる。 身体を動かし過ぎていることも気になるし、眉が薄いのも何とかしたい。
▼「狂牛病」の名称で議論(10月31日)
党・参議院議員総会で医師であるA議員から、狂牛病というのは俗称なのでBSEと我々は言葉を統一しようではないか、と提案があった。 暫く皆が頷いている様子だったが、大橋巨泉さんから反論が出た。 ヨーロッパでもマスコミ等は皆、「狂牛病」と報道しているし、政府が正式名称を使うのは当然であるが、態々(わざわざ)国民に解りづらい「BSE」という言葉を使うのはどうか、との意見であった。 今後、役員間で協議する、ということになった。 私自身は、もう「狂牛病」の名称は浸透してしまっているので、今更、遅いのではないか、と思う。しかし、自分なりに考えてみたい。 |
||||
| ▲「バックナンバー」一覧に戻る |
| ▲トップにもどる |