■2001年10月19日発行号

■国会コラム

▼テロ新法の顛末(てんまつ)(10月16日)

党首会談の報告が民主党の両院議員懇談会で行われたが、前列に座ったので鳩山党首の表情がよく見てとれた。
私には目頭が赤く潤んでいるように映った。

テロ対策特別措置法案で国会での事前承認を求める鳩山党首に、小泉総理はほとんど終始眼をつむり黙していたという。
党首会談と言いながら、自公保というより公明党に縛られ、総理の意志が全く語られることが無かったようだ。
公明党にしてみれば、自民党との連立を何としても維持しておきたかったというのが本音で、民主党と総理がつながることを何よりも恐れていたという。
今日までの民主党幹部の交渉過程でも、自民党もかなり歩み寄りの姿勢を見せていたという。土壇場になって公明党が逆に自民党に圧力をかけていた、というのが大方のわが党幹部の見方だ。
公明党にしてみれば、ここで自民党に恩を売り、衆議院中選挙区の復活を目指そうとしていると言う。

それが事実だとすると憂慮すべきことだろう。
一国の安全保障と公明党にとり党利となる衆議院の選挙制度改変を絡めての圧力だったとしたら、空恐ろしさを感じる。


■徒然コラム

▼恩師の死(10月15日)

元参議院議員の柄谷道一先生が逝去された。享年76才。
初代秘書として6年間お仕えしてきたが、見事にご自分を貫かれたご生涯だった。高校、大学を首席で卒業された人だけに、政治家としても有能であり、党の政策立案などで指導的役割を果たされた。
当時の春日一幸委員長から重用されて周囲から妬まれるようなこともあった。真面目で誠実な人柄、有能さが委員長から高く評価されていたのだと思う。

葬儀で喪主のご長男が「父の背中を見ていつも尊敬していた」「癌の告知を受けても冷静で、死の直前まで身体の変化していく自身のデータを見ていた」「看護婦さんが、データと表情がこんなに乖離(かいり/離れること)している人を見たことがない、この強さは一体どこから来ているのか、と言っておられた」と種々語られたが、最後までご自分を貫かれたことに感動を覚える。
立派なご生涯だった。

国会の質問作りでも、「任せる」と言ったら本当に任せてもらえ、割り切りの良い先生だった。
秘書としては、仕事はやり易く、やり甲斐を与えて頂いたことに感謝している。
合掌。


▼実るほど頭を垂れる稲穂かな?(10月17日)

今朝(17日)の読売新聞に元統合幕僚会議議長 西元徹也氏のインタビュー記事があったが、一昨日7人ほどの勉強会に来て頂き、大所高所からテロ新法に関わる話を聞かせて頂いた。
寡聞(かぶん)にして知らず(見聞の狭いこと)恥ずかしいことだが、今日の今日まで西元さんの経歴を知らなかった。
勉強会には公務で大幅に遅れての参加だったので、プロフィールも見ていなかった。名刺交換もさせて頂いたが、肩書には「株式会社東芝 顧問」と記されているだけだった。
私のような一期生議員の質問や意見にも実に丁寧に答えて頂いた。

代議士秘書時代、県議会議員時代にもいわゆる制服組の幹部の方々とお会いしているが、一様に穏やかな優しい人柄に包まれている。
いわば、人格者の方々ばかりで、一般国民の持たれている、自衛隊幹部へのいかつそうな漠(ばく/つかみどころのないさま)たるイメージとは随分、違っているのではないだろうか。


▼政治家のノーベル平和賞に異議あり(10月18日)

ノーベル化学賞を野依良治博士が受賞された。そして、機関としての国連とアナン事務総長にノーベル平和賞が授与されるという。

日本では、佐藤栄作元首相が平和賞(1974年)を受賞しているが、私はいつも政治家に平和賞が贈られることを疑問に思っている。
戦後チャーチル(元 英国首相・1953年)が受賞したが、平和賞ではなく文学賞だった。
ベトナム戦争でも、ヘンリー・A・キッシンジャー(元 米国国務長官)とレ・ドクト(元 旧北ベトナム党政治局員)が受賞したと記憶している。

平和という定規そのものが、時代や文化によって様々だし、政治的業績は長い時間の中で歴史的に評価されるものだと思う。
だから一部のグループの皮相的な評価により軽々しく決めるべきものではないだろう。
同業者の立場からはアンドレマルロー(仏人・美術家・評論家・政治家・1901〜1976)の「勝者には何もやるな」という言葉を選考委員に提示したい。

政治家から平和賞受賞の辞退者が一人でも多く出ることを期待したい。
やり遂げた大仕事に瞬時の恍惚が用意されているのだから。


▼読んだ本(10月19日)

「八人との対話」司馬遼太郎著を読んだ。
八人とは、山本七平、大江健三郎、安岡章太郎、丸谷才一、永井路子、立花隆、西澤潤一、アルフォンス・デーケンの諸氏である。
私の読書は、興味のあるところにサイドラインを引いて後で読み返したり、演説や議論に役立ちそうな箇所を記憶すると言うやり方である。
本書で一番ラインを引いたのは、山本七平さんと立花隆氏の頁だ。
司馬さん、山本さんは既に物故されているが今、日本を代表するような知識人の名前はすぐに浮かばない。
年も重ねられていけば、その地位に自然と収まるのは私は立花隆さんだと思う。
本書での対談テーマは「宇宙飛行士と空海」だが、氏が死と死後を書かれたり、従来まで知識人がタブーとしていたものに科学的にアプローチをするなかで、知的な挑戦をされ続けていることに敬意を表したいと思う。



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