■2001年9月21発行号

■今日思った事・考えた事

▼テロ根絶の最善策は

昨日、民主党の全参議院議員を対象とする研修会が開かれた。
岡田政調会長の講演の後、A〜E 5つのグループに分かれて「21世紀の世界と日本、そして民主党」といったテーマで論議することとなった。
具体的に何をテーマとするかは、それぞれのグループに任せられた。
グループはクジで決められたが、私はEグループに入り、江田五月議員に進行役をお願いした。
「さあ何をやりますか」私はすぐさま、テロ問題を取り上げてもらえないかと提案し、皆の同意を得た。
そこで少々嬉しく思ったのは、意外にもテロ行為への憤りと併せて冷静な分析が異口同音になされていたことだった。
つまり、テロの根本的な原因を取り除いていかないと根絶は難しいと言うこと。
そして、その最も大きな要因は、中東の貧困ではないのか、という意見であった。
全体総括の時も羽田特別代表や大橋巨泉さんからも同じ見解が述べられ、我が意を得たりという思いであった。
報復爆撃が大規模で長期的、継続的なものとなる、という見通しを大統領自らが語っていたが、私には「何のために」という疑念が残る。
そして、報復の中味が明らかにされないまま、いわば、無条件で米国の行動を支持したのだとすると、後々、大きな禍根を残すことになりはしないだろうか。
(2001/09/17)

▼政治家だって大変・・・

パーティーの事業収入が占める民主党埼玉県連の財政比率は高い。
パーティーをやらなければ県連運営が極めて厳しい事となる。
理想的には党費の収入で賄えれば良いのだが、日本の政治風土の中では、民主党を支持しても党員になろうとする人は極少である。
10月16日、県連のパーティーが開かれるが、パーティー券を販売するのは、所属の地方議員と国会議員で9割を越える。各級議員にそれぞれノルマが与えられるが、皆、苦しんでいる。
政権政党である自民党議員ならほとんどの国会議員が、政治資金として年1億円を集めていると言われるが、我が民主党議員では、おそらく数人の議員にしかすぎないだろう。
企業との関わりも薄く、捌けずに自己負担する議員も多い。
世間で見られている程には、議員の日常の政治活動も楽ではないと言えるのかもしれない。
私も今、苦しんでいる。
(2001/09/18)

▼初めての委員会出席で

予算委員会に初めて出席した。
代理出席ではあったがテレビ中継もあるということだったので、ちょっと緊張。
ネクタイも何本か持参し、スタッフに選んでもらった。
自分が質疑者ではないものの、チラッとテレビに映るかもしれないからだ。
さて、各党の代表者による質疑は、一番初めの民主党 齋藤 勁(つよし)議員の質疑内容と代わり映えがしなかったのが淋しい。
共産党の質疑についても特異性が出せずじまいであった。
我が党の齋藤議員を除けば、わずか片道2分間の持ち時間ではあったが、社民党の福島瑞穂氏の質疑が圧巻だった。
「米国の予想される軍事行動は、国際法に照らして合法か否か」の一点に絞った内容は聞き応えがあった。
政治の思想的ポジションはかなり私とは違うが、今日の質疑については率直に評価しておきたい。
(2001/09/19)

▼理想の政治家を目指して

シンガポール建国の父、リー・クアンユー著の「目覚めよ日本」を読んだ。
県会議員の時、講談社の「団塊世代議員白書」という本に私の拙文が掲載されたことがある。
その中で「尊敬する人」という項目があり、二人の人物の名を記した。
一人は党派は違うが中曽根康弘さん、もう一人がリー・クアンユーだった。
本著ではアジアに於ける民主主義の在り方などなかなかの卓見を披瀝されている。
我が国の今後についても示唆に富んだ記述がある。
参議院からの視察で党から、シンガポールに行くようにと言われたが、選挙後のやるべき活動が終わっておらず断念した経過がある。
この人の創った都市国家シンガポールは是非とも見ておきたいと思う。
(2001/09/20)

▼総務委員会で

私の所属する総務委員会で実際的な論議が初めて行われた。
議題は「新宿歌舞伎町ビル火災について」の質疑であった。
各党一人ずつの質問で、私には出番はなかったが勉強になった。
各委員は、ニューヨークの貿易センタービル事件を重ね合わせるような質疑展開ともなっていたが、「惨事ストレス」についての質問には考えさせられる事が多かった。
消防隊員や救急隊員の拒食症状や不眠、悪夢などの諸症状は深刻なものだろう。
カウンセリングなどをシステム化しておく必要もあると思う。
雑居ビルの火災防止策について、査察を厳しくせよ、との指摘も多かったが、現実に即した施策が私は求められていると思う。
国民やマスコミに向けた、役所はこれだけのことをやっている、という形作りに終始しては困る。
実質的な防止策を確立してもらいたい。
私なら、階段に並べてある品々を一つずつ整理するノウハウまで指導したい。
例えば飲食店では、ビールケースをよく店外に並べてあるが、酒屋やコンビニと協議して、ストックしておかなくても
済むような方策を取りたい。
さて、委員会室に入ってビックリした事があった。
答弁書を見てみると顔見知りの人がいた。主に答弁を担っていた中川消防庁長官だ。
長官とは旧知の間柄である。
埼玉県庁に副知事として数年間在職していて、私が県会議員当時、論議をしてきた仲で、永田町での再会は感慨深いものがある。
委員会後、どちらからともなく近付いて、固い握手を交わした。
(2001/09/21)



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