■2001年9月8日発行号

■国会コラム

▼国会議員の城と根城

国会議員には、事務所が一部屋提供される。
衆参全議員が国会議事堂の裏にある議員会館に入れる。米国と比べると広さなど雲泥の差があって狭いが、ここが国会議員の城という事になる。
60年の安保騒動で議員が議事堂に入れないという事態になったのを受けて、今では地下2階で議員会館と議事堂は結ばれている。
この他、東京など自宅からの距離が近い議員は外されるが、議員には宿舎が与えられている。
議員会館は無料だが、こちらの方は有料である。私も赤坂にある清水谷宿舎の一部屋を借用する事になったが、いわゆるワンルームで部屋に風呂はなく、シャワーのみだ。
徹夜国会や早朝勉強会、質問の原稿書きなどの時は泊ろうと思う。
(2001/09/07)

▼桶川市 岩崎市長に学ぶ

早くも特殊法人の統廃合の問題が暗礁に乗り上げてきた。
各省庁からの検討結果は77の特殊法人のうち、「廃止」の方向で検討されているのは、石油公団など4法人だけというゼロ回答に近い状況である事が新聞社の報道で明らかになった。
この事を見越すように小泉総理は、日本道路公団と石油公団などについては来年の通常国会に廃止・民営化の法案を出せるように指示したとも報じられた。
この報道が事実とすると、私は小泉総理の政治家としての資質に疑問を抱かざるを得ない。
この問題は参院選の始まる以前からの総理の国民への事実上の公約となっていた筈だ。
私なら今月下旬から始まる臨時国会で一気に終着にもっていく。
既得権の中で、ヌクヌクと禄(ろく)を食(は)む魑魅魍魎が数多いる中で、これを切り、処理するには政権交代という大きなインパクトの中でないと推進は極めて困難を伴うものだ。
現政権でこれを行おうとするなら、世論のバックアップと小泉人気の今、間髪を入れずにやるしかなかったと思う。
通常国会は来年1月から150日間に亘るロングランである。
小泉改革は後退するか、憤死するしかないかもしれない。反対勢力に時間を与えすぎてしまった。

昨日、桶川の岩崎市長にお会いした。
市長は選挙公約に土曜日の開庁を約束し就任すると1週間で決断し、実行に移した。
「時間をかけ調査研究させていたら潰されていたと思う」と同氏は語っていた。
組合指導者との信頼関係があって初めて出来えた事だが、
職員組合との協議等を正規に重ねていたら実現出来なかっただろう。
政治家の秀でたリーダーシップを久々に学ばせてもらった。
(2001/09/05)

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■徒然コラム

▼「ビル火災」に思う

去る1日、新宿・歌舞伎町雑居ビルの火災で44人もの犠牲者が出た。
若い人たちが多かっただけに痛ましさも大きい。物故者のご冥福をお祈りしたい。
私が生まれ育ったところが早稲田附近だったので「新宿」は馴染の街である。
「新宿」では、私の記憶でも西口バス放火事件など幾つかの事件や事故を思い出す事が出来る。
中でも昭和48年から49年頃に起こった交番爆破事件の印象は強い。
当時、独身だったが恋人とのデートでその交番の前をほんの1時間前に通り過ごしたばかりで、後で「よかった」と安堵したことを思い出す。
今回の事故の未然防止は、果たして不可能だったのだろうか。
地方行政と政治に関わってきた者としては、いくつもの問題点は枚挙にいとまがないほどトッサに浮かぶが、結論としては「難しいが可能」という事になる。
ニューヨークは一時代前までは犯罪の街として有名だったが、今では大都市としては世界有数の安全な都市に生まれ変わっている。これは前ニューヨーク市長のジュリアーニ氏の手腕だ。
政治家の思いきった決断があれば、社会は大きく変える事ができるのだ。
(2001/09/03)

▼「東京商銀事件」に思う

客の仮名預金から7,500万円を横領したとして元支店長が逮捕されたが、私の衝撃と怒りは大きい。
県会議員当時、埼玉商銀に全く同様の事件が起こり大問題となった。
理事長が逮捕され店は閉鎖され、くだんの東京商銀に吸収された経過がある。
事件が公になる数ヶ月前に被害者から私に相談があり「県議会で取り上げて欲しい」と要望された。
県議会の一般質問は1年に1度しか機会がなく、私の所属する委員会も違う分野を扱うところであったので、質問の順番に当たっていた同じ会派の同僚議員を紹介した。
同議員は事実を調査確認する時間がないと判断し、質問することを断念した。
この種の問題は事実関係をしっかり把握した上でなければ出来るものではないので、同議員の決断は私も正しかったと思う。
被害者は、その後他の議員に働きかけ県議会で取り上げられる事となり、解決に大きく前進がなされた。埼玉商銀で行われていた事が東京商銀でもとなると、これはもう構造的体質的犯罪と言えるかも知れない。
(2001/09/04)

▼酒について

先輩議員に誘われて、ビアホールへ行った。
正に、談論風発(話や議論を活発に行う事)の2時間で、とても楽しかったというよりタメになった。
党首脳の人物評や人間関係を聞く事で、新聞報道の裏側が見えてくる。
酒は人と人と潤滑油になり、多くの情報ももたらしてくれる妙薬でもある。
酒をたしなめる体質をつくってくれた両親に感謝したい。
そういえば父親は死の床に在っても酒を求めた。他界する2日前91歳の父は吸い口で焼酎を美味そうにゴクッゴクッと呑みほしたそうだ。
妻の与えた酒(焼酎)は半分ほど水でうすめたもので、彼女はその事を今でも後悔していると言うが、本人はそれでも大満足だったに違いない。
妻に感謝。
親父は大往生、大往生。
(2001/09/06)



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