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■2005年5月19日発行号
▼できなかった質問( 5月13日)
去る12日(木)、拉致議連で曽我ひとみさんをお招きして、お話しを聞かせて頂いた。拉致された当日の状況を話されたが、会場には咳(しわぶき)一つなく、一様に胸の詰まるような思いで曽我さんの説明を受けとめていた。司会者から、「曽我さんに何かご質問は」との発言があったが、誰一人として挙手する者はなかった。にわかに親子二人の自由な人生を破却した蛮行に、怒りを通り越して、呆然と立ち尽くすような思いに置かれたからだろう。
会合が終わり会場を出たところで同僚の女性議員が、「質問はできないわよねえ」と語ったが、やはり皆、同じ思いだったのだろう。連れ込まれた船舶での状況など、もっとその時の様子を詳しく聞いてみたかったが、あまりに生々しく重苦しくもあり、とても口を開くことはできなかった。
▼痛みの色( 5月15日)
子供の頃、母親に連れられ病院へ行って問診を受けた時、「どのように痛いのか」と聞かれ、私はよく色で答えていた。例えば喉の痛みは「今、黄色くなってベタベタしているんです」などという風に。成人してからは、そういう感覚も薄くなってきたし、変わり者と思われたくもないので、色で表現することは止めていた。
ところが過日テレビを見ていたら、外国番組で、音なども含めて色で感じる人々のいることを報じていた。こういった感覚はかなり科学的に解明されているようだが、私としては、同じ感覚を持った人がいたということで、先ずは安堵した。
しかし、こうした感覚と芸術性とは必ずしも関わりはないような気がする。何故ならば、私には全く絵心がなく、色彩センスも中の下といったところだからだ。毎朝のネクタイ選びも適当で、時々大違いを犯すこともある。
▼犯罪の心( 5月16日)
3ヶ月に亘り18才の少女を監禁し、首輪と鎖で拘束して、「ご主人様と呼べ」と下命していたという不正常な性的錯誤による24才青年の行為は、時代がつくり上げてきた犯罪といえるような気がする。マルキ・ド・サドの著した「悪徳の栄え」を読んだ時の衝撃は今も残っているが、しかし、それは感覚的に自分とは遠い世界の出来事として捉えていた。この本を読んだほとんどの人々は、多分、私と同様の読後感を抱いていたのだろうと思う。
現下の青少年にとっては、性の錯誤などは、既に少し眼をこらせば見えてくる身近なものとなっているのだろうか。私は試みに地元・埼玉県の青少年健全育成条例をインターネットで引っ張り出して改めて確認してみたら、この15年間で実に8回の改正が行われていた。青少年を取り囲む環境がいかに激変しているか解る。そして、性に関わる記述は、顔を赤らめるような条文が多く盛られていて、気恥ずかしいほどだ。
因みに、東京都の条例も読んでみたが、その18条には、保護者等の義務として『青少年と性に関する対話を深めるように努めなければならない』と、かなり踏み込んだ条文が書き込まれていた。私自身は、この点については、もう24才と21才になる息子と娘には、思春期の時、率直に語って聞かせてきたので、個人的には驚くものではないが、条例化という公の為した仕事としては、ずいぶん思い切ったな、という気がする。
そしてショッキングだったのは、第15条である。青少年への勧誘行為の禁止の項目には、『青少年が一度着用した下着又は青少年のだ液若しくはふん尿を売却するように勧誘すること』と書かれている。地方自治体がここまで書き込むまでに、こうした行為が敷延されていようとは考えてもみなかった。
凶悪犯罪であれ、冒頭の青年の犯罪であれ、人間を犯行に駆り立てる因子は、全ての人間が共有している、というのが私の考え方である。だから、誰が犯したどのような行為も、理解不能という事はあり得ないと思う。役者が芝居の泣く場面で必ず涙を落とせるのは、今日までの人生で一番悲しかった事を思い起こし、その思いを自己の感情の中で、目一杯増幅させることで果たせる筈だが、犯罪心理への理解もこれに似ているのではないか。
自分の心の奥の方にある、ほんの小さな悪の思いを最大限に膨らませて空想していけば、ある程度の理解は可能だ。又、こうした才覚を経なければ、悪しき社会的現象に本格的メスを入れる方策を考え出すことはできないだろう。次々と起こる社会の歪みや犯罪は、私自身がどこかに抱えているであろう悪しき心を見せつけられているような気がする。
▼統合医療( 5月17日)
鍼(ハリ)治療の効能について個人的な経験を何度か書かせて頂いているが、今日、“統合医療を実現する議員の会”が発足した。これは、今年4月に発足した日本統合医療学術連合に呼応して創られたものと言える。統合医療とは、西洋医学に傾いた医療を見直し、鍼灸などの伝統医療、自然療法、ハーブ、心身療法、芸術療法、音楽療法、温泉療法なども積極的にとり入れ、患者中心の医療を行うというものである。既にアメリカでは相当の研究が進められ、ヨーロッパ、アジアにも発展しているが、我が国はこの分野で大幅な遅れをとっている。
学会からは東大名誉教授の渥美和彦先生をはじめ10名程の先生が出席されたが、この中に、私の地元で開業されている帯津三敬病院の院長先生も来ておられた。帯津病院では、ヨガなどもとり入れ、正に統合医療を長く実践されてきており、これからその体験を学会の発展に大いに役立たせられることだろう。
私の父も帯津病院で天寿を全うさせて頂いた。当時(23年前)、帯津先生には、単なる延命治療はとらないで欲しい、痛みや苦しみは除いて欲しい旨のお願いをしたが、私たち家族にとっては、精神的なケアーも含め、十分満足できる医療を施して頂いたと今でも感謝している。
▼憂鬱な大使?( 5月18日)
各国の大使は、それぞれ自国の国益を守るために働いている。しかし時折、自分の思いとは違うことも本国の伝令により駐在国に伝えなければならないこともあるだろう。駐在して初めて解るその国の事情を本国に伝えてはいても、理解してもらえないこともあるだろう。あるいは、理解されていても国家の外交戦略の中で、当該国に冷たく当たらなければならない時もあるだろう。
私は中国の王毅駐日大使が、中国の日本大使館が投石を受け器物が破壊されたことに対し、日本の謝罪要求を無視した時の個人的な本音はどんなものだったかに興味がある。外交官であるからには、国際法も熟知しているだろうし、在外公館は守らなければならない義務があることを百も承知だろう。それでも謝罪を拒否したことに、忸怩たる思いはなかったのだろうか。
かつてソ連のフルシチョフが、国連の本会議場でアメリカ代表の演説に対し、痛烈なヤジを浴びせた上に、履いていた靴を机にガンガン叩きつけるという愚行を、同行したソ連代表団の面々に強要し演じさせたことがある。ソ連崩壊後、当時の外交官が「あの時は本当に辛く恥ずかしかった」と述懐しているものを印象深く読んだ記憶がある。
パソコンの普及などによる情報の開示等で、中国の自由化は避けられないと私は思うが、その時、考えてもみなかったような歴史の真実が、種々明らかになっていくのだろう。
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