■2005年2月24日発行号

▼ハリーリ前首相の死( 2月18日)

14日、レバノンのラフィク・ハリーリ前首相を狙ったとみられる車爆弾が爆発し、前首相が死亡した。2年半程前に同国を訪問した折、首相だったハリーリさんと会談をさせて頂いたことがある。日本には4度訪問されているが、親日家で日本からの支援に感謝の意を表されたりしていた。

昨日、永田町にあるレバノン大使館へ弔問に行ってきたが、皆一様に沈みきっておられた。大使に奥の間へ通され弔意を表した後、私からはハリーリ首相との2年前の会談の模様などを話させて頂いた。大使は種々の発言をされたが、最後に「これからもレバノンの良き友人であって欲しい」といった趣旨の話しをされた。私はもちろん「力を尽くさせて頂きます」と答えた。

ラフィク・ハリーリ前首相のご冥福を心よりお祈りします。合掌


▼地方議員OBの組織の発足( 2月19日)

地方分権(主権)の本格的な到来を前に、民主党の中に“自治体・首長・議員経験者の会”が発足した。時宜を得た組織づくりだと思う。私自身もこういった組織ができれば良いとずっと考えていたが、1年生議員が動くのもどうかな、という思いでいた。民主党の全国会議員は250名余だが、この会の会員は48名となっているので、約1/5が地方議員(含・首長)出身ということになる。

先日の設立総会の後段には、梶原前岐阜県知事(前・全国知事会会長)の講演があったが、聞き応えがあった。昭和3年に行われた第1回普通選挙で使われた立憲政友会のポスターのコピーが配られたが、そこには“地方分権 丈夫なものよ ひとりあるきで 発展す”“地方に財源を与ふれば 完全な発達は自然に来る”と右半分に縦書きで大きく書かれ、左半分には、“中央集権は不自由なものよ 足をやせさし 杖もらふ”現代感覚では差別用語になるものだが“中央に財源を奪ひて補助するは 市町村を不具者にするもの”と書かれていた。

このポスターは既に77年前からの問題提起があったという証しだが、明治維新からつくられてきた中央集権体制を崩すのは容易ではないと、改めて覚悟を我々に突きつけられたような気がした。


▼動物愛護法改正論議( 2月21日)

わが国では1年間に1,000万匹以上の哺乳類が実験用に使用され、殺されている。欧米では動物実験を規制する法律があるが、日本にはない。動物愛護法を議員立法で改正しようとしているが、どうもヒアリングを行う段階で首を傾げたくなるような事が多い。業者にしろ、学者にしろ、時代感覚が大きくずれているという感じだ。

動物実験をやっている施設を先ず把握すべきだ、という当たり前の提言をさえ、否定もしくは注文をつけてくるのだ。私は、実態を調査し情報を公開する事から全ては始まると言っているのだが、拒否、無視といった態度に終始している。曰く「大学や研究所を信頼して頂きたい」「科学の進歩を遅らせることになる」といった返答ばかりだ。色々な不祥事が起きていることを指摘しても、「極く一部のことで…」とくる。世間的な常識に外れ、国際的平均レベルと比べて劣っていることは、やはり「おかしい」と認識して欲しいと思う。

狩猟民族であった欧米各国で、ペットの保護や動物実験に対する法規制がしっかりしているというのも妙な気がしないでもないが、これも奇しき因縁といったことだろうか。農耕民族であった我々日本人こそが率先して、動物へのいたわりや感謝の思いを法的にもしっかり表現していきたいものだ。


▼農業団体との懇談( 2月22日)

先般、党県連主催によるJA埼玉県中央会と県連所属国会議員との政策懇談会を行わせてもらった。先には、県医師会との懇談を行っているので、県内有力団体との交流は第二弾の試みとなる。二大政党制が事実上、進行する中で、党県連としてもできるだけウイングを広げておこうという思いももちろん否定しないが、実際のところ政権をとってからでないと、各種団体から本格的ご支援を頂けるものではないだろう。それよりも、純粋に政策について意見交換する中で党の政策づくりに役立てさせて頂ければ、という思いが我々には強い。

懇談の中で出てきた話として、例えば西日本で起きた鳥インフルエンザでは、山口県の大型養鶏所では3万〜5万羽を地中に埋めて処分したが、埼玉の養鶏農家では、もしこのような問題が発生したとすると300〜500万羽の単位となり、とても埋めて処分できる数字ではないという。いざという時の危機管理は個々の農家ではとても対応しきれるものではなく、平時から行政とJAでマニュアルを作っておくべき必要を私などは感じた。


▼憲法草案論議( 2月23日)

憲法の改正は、そう遠くない時点で間違いなく実現するだろうと思う。自民党と民主党が既に本格的な党内論議をスタートさせている。消極的と見られていた公明党も一歩踏み出そうとしている。与野党を超えての論議は国民からも歓迎されるだろう。国会では憲法改正は2/3の賛成が必要なのだから、与党だけで成立させることはできない。

地方自治・分権、国会の在り方、教育、議院内閣制、ありとあらゆるわが国の骨組みが憲法により、決定づけられることになる。多発する犯罪、家庭の崩壊、義務の伴わない過度な権利意識、国家意識の喪失等々も憲法改正の中で、全く新しい局面を迎えることになると思う。日本を建て直すのに、正に千載一遇のチャンスが憲法改正ということである。民主党内では、国政選挙に当たって日本再建への論議で“国のかたち”という言葉が使われるが、わたし的には、“国の心”も表裏一体を成すものだと考えている。

党内の憲法草案づくりは、5つの小委員会に分けて作業が行われているが、私は第1小委員会に希望して参加している。ここでは総論を担当する訳だが、憲法全体を特徴づける“前文”もこの委員会が、当然書き上げることになるだろう。第1回目の論議で私は日本の“和”の心と“共生”を表現すべきと強く主張させてもらい、中間報告書の中にも採り入れてもらえたことは有難かった。しかし、トーンとしてわが国の国家としてのアイデンティティーが希薄で、物足りなさを感じると指摘させて頂いた。日本文化・伝統の最大の継承者である天皇を象徴的に位置づけるべきでもあると思う。締め切りである3月末までの成文化には、あと何回かの本格的議論を経ることになる。