■2005年3月17日発行号

▼UFO論議( 3月11日)

総務委員会で、行政改革、地方分権、情報通信政策について質問したが、終わってから何人かの議員仲間に党派を超えて声をかけられた。話しは皆、異口同音にUFO論議についての関心だった。全体1時間の中で、10〜15分位を費やしたに過ぎなかったが、事務局からの話しでは、多分、国会で初めて取り上げられたのでは、とのことであった。多分それで関心が高かったのかもしれない。

私は国土の防衛上の観点から、先ずは情報収集すべきでは、といった質問をしたが、時間があれば更に、もし高度の科学技術を学べるのであれば人類の福祉向上にも役立てる筈、という立場からの議論もしてみたかった。

UFOとの遭遇の機会を未だ私は得ていないが、麻生総務大臣は答弁の中で、「私の母はUFOを見たと興奮していたことがあった」と語った。そして銀河系全体では2,000億個もの星があり、更に宇宙全体では2,000億個もの星からなる銀河が1,000億個以上もある(名古屋大学の福井教授)というのだから、人類以上に高度な文明を持った生命体が無い、という方が不自然に私は思うが…と大臣に振ったら、自身の天文学上の知識を披瀝しながら「私もそう思っている」と答えた。

家族からは、「誤解され易いので…」とたしなめられはしたが、真摯に私としてはUFO問題をとり上げたつもりだ。

質問の詳細は
http://www.sangiin.go.jp/japanese/frame/joho2.htm へ。


▼花粉症特効薬( 3月12日)

春先になるといつも、鼻風邪をひいてしまうなと思っていたところ、「もしかしたら花粉症じゃないですか」と言われ、その方からその場で1粒の錠剤をもらって服用したら、瞬く間に効果が現れピタリと鼻水とくしゃみが止まった。もう20年以上前の事だ。

あれから錠剤を飲んだり、筋肉注射を打ったりして凌いできた。人にイメージ療法が効くと言われ、やってみたりもした。ある程度の効果はあったが、完治した訳ではない。普通の錠剤だとどうしても睡眠効果も出てきてしまって、会議などでついつい眼を閉じてしまうので、この季節はいつも辛い思いをしている。

そこで登場となったのが、温州ミカンのエキスで作られた「ブルーヘスペロン キンダイ」という錠剤だ。これは参議院の世耕弘成議員が、どういう訳か薬学系の本を読んでいてアイデアが浮かび、製法を業者に伝授して作らせたという代物で、私も国際問題調査会と総務委員会で世耕議員とは親しくさせて頂いているのでプレゼントされ服用してみたが、ピタリだった。

ミカンから採ったものだから、変な副作用はないだろうし、安心である。1ビン4,000円で市販されている。つくづく友人は、党派を超え持つものだと思った。広告料やマージンは一切無関係だが、お問い合わせ等は下記へどうぞ。

○株式会社ア・ファーマ近大

 TEL/FAX0737-65-3140  [email protected]
 和歌山県有田郡湯浅町湯浅2355-2


▼夜明けの声( 3月13日)

自分の政治家としての使命を頭の中では考えてきたつもりだった。環境、教育、外交・防衛などに取り組んでいこう、ただ当面は、与えられた事は何でもこなそうと考えていた。実際、国会活動では内閣委員会、財政金融委員会、総務委員会、決算委員会、予算委員会、国際問題調査会に所属し、質問の要請を受けた時は、1度もお断りすることなく質疑者席に立ち、政府に挑んできた。

しかし任期を折り返してきた今、国会議員として自分は何を成すか、このところずっと考えてきた。答えはそう簡単に出せずにいたが、12日の明け方、まだ床の中でまどろんでいる時、自分自身の心の奥の方から突き上げるように“生命のことだ”という思いや、あるいは声が自分の全身を満たした。夢を見ていた訳でも、起きていた訳でもなく、普通に眠っていたに過ぎないのだが、その時、確かな決意を自分と違うもう1人の自分が固めていた。

私は眼を覚ましながら、たった今、湧き上がってきた思いを少しずつ理性的に頭の中で整理してみた。
生命を守ること。
生命を活かすこと。
生命を全うすること。
政策のジャンルを超えて、このことに全ての力を傾けていこう、私はそう強く決意した。これは、当たり前のことと言えるだろうが、思い返してみると、拉致の問題、中国での法輪功学習者の弾圧問題、動物愛護の問題の時、私は1番燃えるような思いでいたような気がする。


▼県連幹事長 辞任( 3月14日)

3月12日の民主党埼玉県連大会で正式に私は幹事長を辞任した。県連結成の1998年12月13日から2001年3月迄と、2003年3月から2005年3月までの4年3ヶ月の在任だった。

思い出されることは苦しかった事ばかりだが、前期では、議員間で育ってきた政党・政治文化の違いからくる軋轢の調整が、自分の大きな任務の1つだったような気がする。私の年齢は当時50才で、年上の地方議員の方もおられたが、市議会議員初当選が私の場合、昭和54年であり、それ以前に当選された地方議員の方があまりおられなかったのは幸いであった。やはり政界は、当選回数が順列をつくっている。

もう1つ、自分の心の中には、昭和43年からずっと政治活動をしてきているという自負があったことは、人からの批判に曝されても自分を支える力となっていたような気がする。事実、当選回数と政治歴を盾にご自分の主張を正当化される方があったが、私は反論の中でさりげなく自分の政治歴を披瀝して強硬な主張をいさめることに成功したことがあった。

後半の任期では、参院の補欠選挙と通常選挙(昨年)での候補者調整、知事選挙での推薦候補者調整などで幾つもの苦い思い出があるが、今は解放感にひたらせて頂いている。私の倍以上、苦しかったことの多かったに違いない細川律夫前代表には、2人3脚でやってきたパートナーとして、心から改めて謝意を表したいと思う。ご苦労様でした。

枝野・武正両氏は、きっと時代に適応した新しい素晴らしい体制をつくってくれると思う。口出しはせず、これからは県連サポーターとしての役割をしっかり果たしていきたいと思う。


▼あわやメルマガ休刊( 3月15日)

14日夜、急遽、参議院民主党の国対(国会対策委員会)から電話が入り、17日の予算委員会集中審議で外交・防衛問題に関して、2日間しか準備期間がないが質問を用意できるか、とのご下問を頂いた。人から頼まれた事は、原則としてお断りしない主義だから、2つ返事で「ありがとうございます」とお答えしたものの、果たして準備が間に合うかどうか、一抹の不安がよぎってきた。

今週のメールマガジンの原稿は未だ1日分しか書けていないので、「今回はパス」との思いもあったが、少しでも私のメルマガを楽しみにして下さっている方もいらっしゃるので、「否々、頑張ろう」と決意させて頂いた。

予算委員会での質問は、30分のテレビ中継だから、目立つので散髪にも行かなくては…などと考えたりもしたが、時間がもったいない。今朝は、地元からスタッフ2人を国会に呼んで、自分のイメージしている課題について、資料集めや調査を指示した。しかも、今日中に資料を読み込んで、論点をまとめる作業となるので、我が事務所はバタバタ状態である。