■2005年2月17日発行号

▼ゴラン高原派遣自衛隊員の壮行会に出席して( 2月13日)

練馬駐屯地の体育館で行われた隊旗授与式に参列させてもらった。久々、否、初めて味わう背筋を伸ばした隊員によるピーンと張りつめた式典の緊張は、参列者の誰しもの心を締めつけていた。それは人数の割には少し広すぎる空間を包む冷気のせいなのでは決してなく、万に一つやも知れぬが、生命の危険を背負っての出国だからだ。

私自身2年前、現地を視察してきているが、ゴラン高原は異次元の空間といった趣があり、気を心から緩められるような空気はない。有事の際、避難することになっているシェルターなどは名ばかりで、仮にどちらかの攻撃をまともに受けたなら、施設は一瞬のうちに崩壊することは確実だ。今、ゴラン高原に差し迫った緊張はないが、いつ何が起こるかは保証の限りではないだろう。PKOでの自衛隊の活動は、能力、志気、献身のどれをとっても他国の追随を許さない程、海外での高い評価を本当に受けている。このことに私たち日本人は、もっともっと誇りを持って良いと私は思う。

隊旗授与式が終わり、食堂で壮行会食が行われた。43名全員が壇上で一言スピーチをしたのだが、「世界平和のため」「日本のため」「家族のため」との表現のほか、「無事帰国」を誓う言葉が異口同音に発せられたのには、胸が締めつけられるような思いだった。迷彩服に包まれた若い隊員の首には、鮮やかなブルーのマフラーが巻かれ、頭には同色のベレー帽がのせられていた。


▼「カストロ、銅像なき権力者」戸井十月著 新潮社発行を読んで
                         ( 2月14日)

もう2年程前になるが、先輩議員に連れられて赤坂のスナック風の店に行ったことがある。店内に入ってすぐ目についたのが何冊かのカストロに関する書籍だった。カストロについては、それまで特に調べたことや本を読んだことはなかったが、何か不思議な思いで、この革命家のことは気になっていた。アメリカとは目睫のところにある国家なのに、共産主義体制をずっと布いていられることが理解できずにいた。特にキューバ危機があって、アメリカには目の上のたんこぶ以上の厄介な国であったに違いない。それなのに…である。

さて、スナックには先客がいた。その人は腰が低そうな、物腰の柔らかな、それでいて何か信を持った知的な紳士であった。それは、ほんの数分話しただけで理解できた。「何故、この店にカストロなんですかね」という問い掛けが、私の紳士に対する最初の言葉だったような気がする。「ママが置いたんですね」とさらりと私に答えたが、それから30分も経った頃だろうか、ひとしきりカストロについての雑談をした後で、ママから「あの方(紳士)は、キューバ大使をしていた方です」と教えられた。本書でも何カ所かで登場している、前キューバ大使・馬渕さんであった。

あれから、馬渕さんとは一度もお会いしたことはないが、馬渕さんであったかママであったか忘れたが、カストロ本では最初に読むのにどの本がよいか、推薦図書を教えて欲しいと頼んだところ、紹介されたのが本書であった。名刺の裏にメモをして出版社と著者、書名を記録しておき、本書を入手してからもう1年も経ってしまい、どこか後ろめたい気持ちを拭えなかったが、改めて本書を繙いてみた。

何を勘違いしてか、エリート臭をプンプンさせて現地の権力者達としか交わらず、肝心の国家全般の状況を把握できないでいるエリート外交官が多い中で、馬渕さんはキューバ国家の実態を正しく掴んでいる、といったような著者の評価は、私のお会いした印象からも多分、当たっていると思う。

アルゼンチン医師であった革命家・ゲバラがカストロと別れる時に書いた手紙は、本書の中で初めて読んだが、胸を打つものがあった。活動家でカストロに口説かれ革命運動に飛び込むことを決意し、その旨を表明し、気持ちの高揚したところでアジトからゲバラが帰ろうとすると、カストロは彼にこう聞いた。「ところで、君が死んだ時、誰に連絡すればいい?」何気ないその質問にゲバラは慄然としたという。述懐は臨場感があるエピソードだが、カストロのこの質問がゲバラの人生を決定づけた瞬間だったのかもしれない。

ゲバラもカストロも単なる闘士ではなく、国家を創造する知力も持った人物だったようだが、日本の幕末にキラ星の如く世に出た英傑では、誰と並び評したら良いだろうか。ゲバラは国際会議で名指しこそしなかったが、官僚国家ソ連を痛烈に批判している。カストロも同様の考えを持っていただろうが、アメリカを敵に回した以上、ソ連と組むしかないと考える現実派でもあった。

私が嫌いな共産主義者であることを忘れてカストロを見ようとすると、そのスケール、人間性に魅かれるものがある。本書で描かれている無私の人であるなら、カリスマ性を演出することに汲々としている政治家や宗教家に辟易している日本人の多くは、彼の虜になるかもしれない。日本の近年の政治家では、現実主義、飛び切りの記憶力、溢れる程のエネルギーといった面では、田中角栄を彷彿とさせる。ただ、田中角栄さんの場合、正義や無私といった点ではどうだろうか。

革命の翌年1960年5月16日の釣り大会で、ゲバラ、カストロは作家のヘミングウェイと顔を合わせている。3人がどのような言葉を交わしたのか記録は残っていないが、多くは語られていなかった筈、と著者は書いている。私は3人の間には、無言の重い、ある交わりが生まれていたように思う。


▼私の2月14日( 2月15日)

この日はバレンタインデーである。女性から男性への愛の告白がチョコレートを贈ることで伝えられるというのは、日本独特のものとして形作られたが、結構なことだと思う。しかし小心な青少年は、この日を待たずとも、あまり勇気を振り絞らなくても済む手段を既に手に入れている。それは携帯電話によるメールだろう。

さて、2月14日は私にとって他に2つのことをいつも思い出す日となっている。それは1つには、私の恩師であり、秘書として仕えさせて頂いた元衆議院議員・西田八郎先生の誕生日ということである。川端現民主党幹事長は西田八郎先生の後継者である。2つ目は、私の父の命日である。もう亡くなって22年になるが、今でも時折、夢に出てきては、にっこり笑ったり、怖い顔で私を見たりしている。

先般、西田先生とも久しぶりに大津でお目に掛かることができたし、父親とは久しぶりに、妻から供養になるからと言われ、読経の後、仏壇の前で大好きだった焼酎で私が疑似乾杯をして少し語り合えたような気がした。


▼「思い込みの世界史」山口洋一著 勁草書房を読んで( 2月16日)

元外交官としての経験と博識を生かした本書は力作だと思う。駐トルコ特命全権大使をされていたという経歴は、「やはり…」と考えさせられる事が多かった。私も2年前に中東諸国を訪問して、いかに自由主義国に発信されている情報が欧米からの見方中心だったか、いう思いを持ったものだが、私の感じた事が誤りでなかったことを改めて本書は確認してくれたようで、快哉を叫びたい。

とりわけミャンマーとトルコの論述は、マスコミ論調とは全く異なるが、正鵠を得ていてオリジナルな視点がある。“思い込み”を軸にして書かれた本なので、少しあちこちに飛んでいて多少のとっつきの悪さがあるが、慣れればどっしりした読後感を味わうことができると思う。