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■2005年2月3日発行号
▼成長のテンポ( 1月29日)
孫の成長の速さには驚かされた。誕生から6日目に退院し、わが家に初めて来た時、顔はちょうど私の握りこぶし程の大きさだった。それがこの1週間で1.5倍になっている。ひな鳥のように頼りない程、か細かった手足も丸みを帯びて、抱いた時の折れはしないかといった気遣いは、もうこのところしないで済むようになった。
20年以上前の記憶だが、わが児が生まれたばかりの時、1週間毎に両家の祖父母や兄弟に次々と顔が模写していった変化を見て驚かされたことがあった。わが児2人の生命の誕生は、連綿と続く祖先や人類の大いなる継承の中に存在するのだという啓示を、あの時受けたように思えたが、孫の顔からは今のところ未だそうした変化は見えていない。
20才で母親となった娘が、睡魔をも退け、甲斐甲斐しく赤児の世話をする姿を見て、娘からいきなり母親となってしまったという、私の親としての戸惑いはもう失せ、今、わが娘に敬意にも似た不思議な思いが私には芽生えている。私が赤児の世話をする度に、ヤキモチから大きな声で吠えていた愛犬レオも、このところ彼女(赤児)だけは別格なのだと漸く諦めてくれたように思う。吠える音色も少しずつ変わってきた。猫のピッピの方は、匂いを嗅ぐなど多少の関心を寄せているが、それ以上、関わろうという気は全くないようだ。
1日のうち、殆どの時間を寝て過ごす赤児を起こさないようにと、ドアーを閉める音、テレビの音量、話し声など全ての音を抑えめにしているが、あとどの位こんな日常を過ごすことになるのだろうか。
▼岡真智子さんの藍綬褒章( 1月30日)
さいたま市議の岡真智子さんが藍綬褒章の栄誉を受けられた。彼女とは同じ年で、議員歴も殆ど一緒。県議会で一緒に活動したことがあり、それ以来、仲良くさせてもらっている。新春の集い兼祝う会にご案内を頂いたので出席し、久々に底抜けに明るい笑顔に接したら、プラスのエネルギーを注入してもらったような気持ちになった。
どんな困難な時でも明るく元気で、人懐っこい笑顔を忘れないでいられるのは天性のものだろう。必敗の覚悟で挑んだであろう衆院選やさいたま市長選。衆院選では社会党の党内事情があったろうし、市長選は候補者擁立不調の責任をとる形での出馬だったように思う。組織への忠誠、大義、責任、自己犠牲など、本来、男が負うべき責務も、彼女は潔く背負って生きてきた政治家ではないのか。
政治思想に私とは若干、隔たりがあるが、彼女の生きる姿勢には共鳴を覚える。藍綬褒章に心より祝意を表したいと思う。おめでとうございます。
▼私だったら…( 2月 1日)
予算委員会での論議や党首討論などを傍聴したり、テレビで見ている時、絶えず「自分だったら…」と考えるようにしている。最初は、自分だったらこう論理展開して質問を組み立てるのだが…と思っていたが、最近は答弁者の立場から色々、思いを巡らす事が多い。
専門的な枝葉の答弁は、集中して勉強したり事前情報がないと無理だが、基本的な問題なら答弁者の立場で考えてみることができる。すると各大臣の性格や適性、能力が見えてくるような気がしてきた。優秀な大臣はやはり優秀だな、と素直に評価できたり、成り立ての大臣の場合、初々しさに応援したくなってくるから不思議だ。もうこうなると心の中は、与野党という立場を超えてくる。
それにしても、やはり小泉総理の答弁は皮相的で、論理性もないし、誠意もなく、詭弁に終始している。総理への論戦は、小泉さんと戦うのではなく、論議を国民に見せるという感覚で質問を組み立てていけば良いと思う。小泉総理の答え方は大概予測がつくので、それを打ち崩す第2、第3の矢は用意できるような気がするのだが…。
▼自殺の予感( 2月 2日)
衝撃的な1本の電話だった。衆院選を戦い敗れた男の自殺の報は、事務所スタッフから知らされるという形だったが、これも私と彼との関わり方を象徴しているように思えた。
候補者としての擁立は、私が主導したのではなく、A議員の強い推薦によるものだったが、若さや経歴、政策能力は一定のレベルを超えていて、私自身も納得しての公認措置だった。それでも慎重を期して何人かの労組幹部にも会ってもらい、人物評価をしてもらった経過がある。
選挙の準備活動に入ると、数人の彼が率いてきたスタッフにより全てが取り仕切られることとなり、実際上、私と私のスタッフは蚊帳の外に置かれた。選挙戦略、戦術の立案にも立ち会うことはなく、私にとってはお手伝い選挙といった状況だった。結局、戦いに敗れたが、私自身は打ちのめされたような挫折感を覚えることはなかった。事に挑んで全力を尽くすのが自分の流儀であるつもりだが、あの時の選挙戦では、私にはそうした舞台が無かったように思う。
選挙が終わり、彼が率いてきたスタッフ間での揉め事も起きたようで彼の心労も大変だったのかもしれない。私としては、彼のスタッフが一斉に散り、放っぽり投げられていた事務の残務を引き受け処理し、後始末をつけたことで、彼への最後の奉仕を果たしたという思いはある。
男が死を選ぶということは、それ以上に守るべき価値が彼にあったればこそのことだが、苦しみ抜いたであろう最後の人生の決断が胸に痛い。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。合掌
▼憲法試案( 2月 3日)
学者グループを中心としてまとめられた政策研究フォーラムによる“創憲試案”、鳩山由紀夫元民主党代表による“改正試案”が近々、発表される。又、少し前には中曽根元総理の試案も発表されている。愈々、憲法論議が国会の内外で本格化してくる。
今日、出版前に鳩山さんから試案の概要説明を聞かせて頂き、2つの質問をとりあえずさせてもらった。1つは、“天皇制と国民主権”について、何故、天皇に“制”の字を使わなければならないのか、という点であった。日本の天皇は制度としてつくられたものと違うのではないか、というのが私の疑問であった。これに対しては率直に、「そこまでの認識で“制”を入れた訳ではない」とのことであった。2つ目は、「憲法裁判所の新設とあるが、自治体間での紛争が起きた時、ここで裁くことになるのか」という質問だった。これには、憲法解釈に関わった場合を想定しての答えだったが、私の聞きたかったことは、必ずしも憲法解釈に直結しない場合での紛争をどこで扱うのかという点にあった。仲間との議論の中では、行政裁判所の設置といった提案も出ていたのだが、少しすれ違った問答となってしまったようだ。
鳩山さんとは改めてお話しする機会もあるので、重ねての質問は控えた。反論としては、一院制の提案について言ってみたかったが、これは意見になるので止めた、今の参院では、本当に二院制の意義は薄いが、国家としての奥行きや風格には二院制は私は不可欠だと思っている。いずれ二院制の意義については、じっくり書いてみたい。
一昔前では考えられない、わが国で起こっている様々な問題の根底には、憲法が大きく関わっているように思う。人の生命の軽重、家族の絆、国家の安全や権威等々、全てが憲法に関わる。わが国だけでなく人類史的にも大きな流れの変革期にあり、改正、もしくは創憲は歴史的に特筆される大仕事となるのは間違いない。こんな時、国会に議席を頂いていることを本当に有難いと思う。
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