■2004年9月16日発行号

▼国体の開会式( 9月10日)

埼玉国体の開会式が川口市のリリアで行われた。屋外競技場でなく建物の中での式典開催は史上初めての試みだそうだ。式典中、外が雨だったので結果オーライということになるのかもしれない。

私は形式的だが大会役員ということになっているので、2階席前列に案内された。一応、大型スクリーンはあったが、挨拶をされる人達の顔が見にくかったので、家から持参していった双眼鏡で、逐一舞台の様子を間近に見ていた。秋篠宮様の挨拶の時は、何か不敬に当たるようにも思ったが、少しだけチラッと盗み見てしまった。

日本体育協会役員は別として、地元知事、川口市長、県議会議長は皆、私にとって身近な知人でもあり、各人のスピーチの際は、全国から注視されテレビカメラもまわっている状況の中で、ドキドキしながら双眼鏡を通してジッと「上手くやってくれよ」と祈るような思いだった。

9月14日の閉会式まで、この夏季大会が無事に実りあるものとなるよう本気で念じておこうと思う。


▼動物の出会い系サイト活用( 9月12日)

過般のメルマガで愛犬レオの恋愛について書いたが、結局、やはり恋をさせてやりたいと思い、写真も載せて出会い系サイトで募集をかけてみた。果たして写真がミスチョイスだったのか、1頭も応募犬がなかった。

コリーという最近では少なくなった犬種ではあるが、どこからもCALLがないとは、飼い主としては、かなり辛い。性格は良いし、体型も悪くない。顔だってそこそこだ。縁がなかったと思うほかないのだろうか。犬としては、しっかり留守番もしてくれるし、同居の猫とも仲が良く、結構、面倒をみてもいる。そして、家族の癒しにもなっていのだから、積善の徳はある筈なのだが…。前世、プレイボーイでたくさんの女性犬を泣かせた、その報いなのだろうか。


■モンゴル公式訪問<2>( 9月15日)

▼ 9月 4日

旅行会社の土産物が掲載された小冊子を見てみたが、中国方面と表示された冊子の中で、モンゴルのページは僅か1頁しか載せられていなかった。しかも1頁のうち1/4程のスペースに、チョコレートの写真が申し訳程度に出ているに過ぎない。現地に行けばきっと他にも何か良い特産品がある筈だと訝っていたら、やはりあった。カシミアだ。

議会側は工場を是非、見ていって欲しいと言って、私たちにゴビ・カシミヤ工場の主要ラインを案内してくれた。私は紡績の事がよく解らないので、旭化成の役員をされていた自民党の亀井議員(亀井静香代議士の実兄)にちょっとした質問をしたら、「いや旭化成は化繊だから…」との事で、結局あまりラインがよく解らないまま、私は後ろの方から皆に付いて廻るという具合だった。一通り視察したところで最後に売店へ寄ったが、普段から自分ではほとんど買い物をしないので、私は物の値段が判らず、展示されていたセーターなどは一瞥しただけで、買い物らしい買い物もろくにせず工場を後にした。

午後はバスで1時間30分程かけて少し郊外に足を伸ばし、テレルジへ向かった。周囲が遠い山々に守られながら、小高い丘が草原の所々に点在して、山羊や馬の放牧には適度な起伏を形づくるこの村の人々は、国内外からの旅人も受け入れていて、私たちを暖かく放っておいてくれるような気遣いを感じた。

遊牧民の住居であるゲル(テント)の中で食事をとり、詩人であり小説も書いているという国会議員のガンボヤグ氏が、モンゴルの風土について、かなり長広舌に語ってくれた。そこで私は、ゲルについて、何故円形なのか、防風の為なのかと質したら、その通りだと言う。出産はゲルの中でどのように行うのか。男は立ち会うのか、とも聞いてみた。ゲルの中で布によって男女を一時仕切り、男をシャットアウトするという説明だった。又、この国で何故、自転車が普及しないのか、との質問には、日本大使館員の方で答えてくれたが、自分の力を使う運行手段は蔑まされるので、自転車は自分の足を使うからダメなのだそうだ。

その後、現地の人に促されるままに馬やラクダに乗ってはしゃいでいた事が好印象だったらしく、説明役の62才になるガンボヤグ氏が私を気に入ってくれて、翌6日、飛行場にプレゼントだと言って彼のモンゴル語で書かれた詩集を私に贈ってくれた。彼自身の望みでもあるのだろうが、今後1〜2週間で行われる組閣では、自分は日本で言えば厚生労働大臣になるかもしれないと言っていた。実現することを祈りたいと思う。

▼ 9月 5日

今回の視察で実質上の最終日であるこの日は、チベット仏教のガンダン寺を訪ね、僧侶から種々の話を聞いたり、在留日本人との懇談をしたりといった、比較的、緩やかな日程を消化したが、共産主義政権下で眠っていた土着信仰やチベット仏教が再び発芽し、社会の様々な分野で徐々に影響を持ち始めていることに個人的な興味を私は抱いた。17世紀初め、初代活仏が誕生してから今日まで8人の活仏が世に出て、そのうち5人がチベット人で3人がモンゴル人だという。最近、第9代の活仏が誕生したのだそうだが、現代に在って尚、活仏信仰の生きていることが、私には新鮮な霊的刺激だった。

ウランバートルでは無秩序に、住居であるバラックやオフィスビルが次々と建てられていく中で、古来の信仰が少しずつ復活していく様を見ていると、経済の発展に伴う避けられない人間の心の荒廃に宗教の復興のスピードは果たして間に合うかなどと詮のない事が頭をよぎって仕方なかった。