■2004年7月29日発行号

▼似てくる不思議( 7月24日)

母と娘、父と息子の声は、電話では区別がつかない程、似ている場合がある。そして、夫婦もお互いに譲り合い、睦まじくしているうちに、生きていく姿勢が合ってくるものだと言う。選挙後、種々の事柄で党所属の県内国会議員事務所に電話していたら、ある事務所では、代議士と秘書の声の区別がつかない所があった。秘書が知らず知らず代議士に合わせていくうちに、似てきてしまったのだろう。私の初代秘書をしていた片野広隆 現・川越市議も、声質は全く違っているが、『言い回しが似てきた』と言われたことがあったようだ。

学者には学者の、政治家には政治家の、宗教家には宗教家の、芸術家には芸術家の空気というものがあるように、勤め人にも本人は気付かないだろうが、産業による空気、会社による空気というものがあって、誰しもが個性を保ちながらも、その世界の色に少しずつ染まっていくものだと思う。国会でも、衆議院と参議院で空気が全く違うのだが、どっちが良い空気かは判らない。


▼河川敷の鳥( 7月25日)

このところの暑さで、年齢のせいもあるのだろうが、テニスボールを放り投げても全く追いかけて遊ぼうとしなくなった愛犬と、ゆっくり新河岸川の土堤上を散歩したが、午後4時の陽射しはまだまだ強烈だった。数日前に刈り取られた雑草の跡は、遠目には丁寧に整備されたゴルフコースのような清爽感があるが、辺りには青草の臭いがそのまま残っていた。100Mもある川幅に水の流れは普段は20M程でしかなく、あとは河川敷として、雑草が身の丈を越える位にまで繁茂している。土堤の斜面から川へ流れるように広がる河川敷にある全ての雑草が刈り取られた訳ではなく、川に沿い10M幅に帯のように手が入れられているに過ぎない。

私が犬を引っ張って土堤に駈け上ったら、眼下の河川敷には6〜7羽のカラスが周辺を睥睨するようにたむろしていた。愛犬と一緒に暫く眺めていたら、1羽ずつ、まるで航空母艦から発進する戦闘機のように大きな翼を拡げて、バタッバタッと逞しく飛び発っていった。カラスの群れから50Mほど離れたところに今度は鳩の一群があった。食するものが短く刈られた草々の間に在るのだろうか、何かを忙しそうに啄む姿を見つめていたら、直に警戒心からだろうか10数羽が一斉に慌ただしく逃げるように去っていった。カラスはどこかふてぶてしく、鳩はどこか頼り無気であった。鳥たちもそれぞれに、自分にふさわしい飛び発ち方があるもので、羽ばたき方も、その音も色々である。

選挙での疲労感も、いつもの散歩コースにある残された田舎の風景をじっくりと時間を掛けて見つめ楽しむことで、次第に癒されてきている。


▼参院新任期スタートの日の諸相( 7月26日)

今日26日から、初当選の人々が議員としての活動をスタートしたことになる。午後4時から参院 民主党・新緑風会の総会が開かれ、選挙で真っ黒に日焼けした人達が集合した。総会の席は決まっている訳ではないが、新人議員の人達は最前列〜3列目位に座っていた。私は3年前、初当選の時からずっと1番前の端の席に座り続けているが、ちょうどいつもの席が空いていたので腰を掛けたら、私の隣には選挙を通じて知己となった藤末新議員がいた。がっちり2人で握手を交わしたが、その瞬時、私は自分が初当選した3年前の光景を思い出した。あの時、先輩の方々の眼からは、私たち新人議員は何とも初々しく見えたのかもしれない。今、新人の人達は輝いている。

今日の総会は、選挙後の挨拶回りなどで半分強程の出席率でしかなく、全議員が集まった訳ではない。私が選対事務局長を務めた地元・埼玉の島田智哉子議員も、議員会館の事務所のリフォームが終わっておらず、29日からの引っ越しとなるそうだ。新人議員の事務所は皆、リフォームするのだが、今日26日から使える人と、臨時国会の始まる前日29日からの人に分けられているので、29日組の人達は国会への出入りもままならず、気の毒だと思う。

選挙は全員が勝者ではない。現職であった人でも惜敗された方がおられるのだが、私が今日、感銘を受けたのは、この議員総会に態々、惜敗されたにも拘わらず、ご挨拶に来られた中島章夫前議員の行動と態度であった。無念の思い、党への不満もあったろうと思うが、終始、感謝の気持ちを表明されるだけであった。又、私の留守中、議員会館の私の部屋へ、富山選挙区で惜敗された谷林正昭前議員や比例の信田邦雄前議員などもご挨拶においでになられた。果たして私だったら、傷心の中でこのような姿勢を貫けるだろうかと考えさせられてしまった。この方々の高い人格に、心より敬意を表させて頂きたい。


▼「こころの花」村松英子著を読んで( 7月27日)

カトリックの月刊誌「家庭の友」に連載したものをまとめて1冊と成したものだけに、著者のクリスチャンとしての信仰の深さが表れている。著者の実兄で、文芸評論や政治評論で名高かった故・村松剛氏の本は何冊も読んでいるが、著者の本は初めてだった。

女優として出演されている映画や演劇も鑑賞したことはないが、時折、雑誌などで政治的な発言をされたりしていたので、私はこの女優さんにずっと関心を持ち続けていた。この人の朗読を初めて眼の当たりにした時、生まれ育ちから醸し出される上品な物腰に、どこか遠い世界から降りてきた聖女のような印象を持った。オーラというのだろうか、2〜3度、遠くからお見受けしたことがあるが、この人の周りには暖かな美しい光が輝いていた。

真に人格の高い人には、例外なく暖かい空気が発せられていて、その側にいつまでも留まっていたくなるものだが、村松英子さんという人は、そういった類の人なのではないか。美しすぎる程の容姿を取り除いても尚、眩い輝きは失せないだろう。

本書は、月刊誌に連載されたものをそのまま載せているので、全体としてのまとまりに欠けていることは否めないが、著者の人となりが充分に伝わってくるものである。選挙前に読みかけとなっていたので、一気に読み終えた。


▼オシャレな着こなし( 7月28日)

Tシャツなどのカジュアルなシャツを着る時、一昔前なら一様にキシッとズボンの中に裾を入れて、しっかりベルトで締めていたものだが、外出の時、私は子供達からいつも「シャツは外に出すもの」と注意を受け、仕方なく従っている。それでも、こうした着こなしに疑問や違和感を完全に捨てきれないので、他人の服装を自然に観察してしまっているが、私より年輩の人達は未だにシャツをズボンの中に入れている場合が多い。私にはその気持ちは充分に理解できる。逆に10代の頃、敢えて出して歩いてみたことがあるが、「おかしいよ」と言われていた。

結局、当時、自分には似合わないことが解って、時代にならっていたが、他人よりチョット変わった着こなしの工夫をしてみた青春の時が私にもあった。オシャレをするというのは、お金と時間が掛かるもので、ある時期から面倒臭くなって止めてしまい、今はほとんど背広とネクタイの組み合わせでも鏡さえ見ずに適当にしているから、結構ミスマッチもある。

私の体型、顔立ちにあった衣類の選択などというのは、随分、限定されたものとなってしまう。例えば、私は時折テニスをやるが、プレイ中、夏の暑い陽射し除けに帽子を被る人が多い中で、私は被らないことにしている。帽子は買って3つ程持っているが、全く似合わないのだ。ひさしが顔の周りに大きい麦わら帽子などは他人に自慢したいほど格好良く似合うのだが、普通の帽子は全くダメだ。最近、気付いた事だが、私のように顔の大きい者には普通の帽子はフィットしないのだ。

前述のシャツにしても、足の長い今の若者だからこそ、ズボンの外に出しても似合う。子供が言うように従っても「お父さん、やっぱり似合わないね」と言われる。口にはしないが、その原因は私自身が実はよく知っているのだ。

しかし、努力と工夫で時代の流行にも適ったやり方で、それなりの着こなしの方法を私は見つけた。この件で悩んでおられる方がいたら、メールやFAXを頂ければ、個人的にお教えすることは可能です。私のテクを公にするのは恥ずかしいので。