■2004年7月22日発行号

▼曽我ひとみさんのKISS( 7月17日)

タラップを降りてきた夫・ジェンキンス氏の顔を、曽我さんが両手でしっかり挟んでのキスがとても印象的で、今でもテレビ放映されたあのシーンがひょっこり私の脳裡をかすめる。曽我さんやジェンキンスさんの心の内はどのようなものだったのだろうか。2人にしか理解し得ない種々の思いがあったのだろうし、他人が詮索しても詮のない事だが、私には強烈な映像で、拉致問題を超えたところでの、夫婦や男女の深い結びつきの根元的な在り様を見せつけられたように思えた。

映画で若い美男美女が演じるキスシーンなどは、とても現実感からは遠いものであるが、曽我さんとジェンキンスさんの演技や計算のない抱擁は、自然で、しかも刺激的なものであった。2人の年頃の娘さんの眼にはどのように映っただろうか。青春の時、誰しもが経験する、自分達のものであったと思っていた母親が、実はそれ以前に父親のものであったと知る最初の疎外感を覚えたのだろうか。

明日、一家は来日する。病気も治癒し、幸福な日々が訪れることを期待したい。


▼萩原健一(ショーケン)の発言( 7月18日)

昨日、テレビのインタビューでの発言としては、通常、考えられない内容がそのまま放映された。生番組の恐ろしさと魅力がそこにある。「大麻解禁でも…」の発言は、「政治家に向いているのではないか」といったヨイショ質問に対する、ショーケンの半ば冗談で言った答えだったが、一瞬、ギクッとさせられるものだった。

又、国民的ヒーローでさえあった石原裕次郎に対しても、“太陽にほえろ”で共に過ごした日々を振り返って、「大根役者だった」と酷評した。超人気スターだった人を、ここまで公に評した人はいなかったろう。彼は何をやらかすか、何を言い出すかわからない“危ない芸能人”で、斯界の掟をも超えてしまう様な俳優であり、だからこそ瀬戸内寂聴さんほどのスケールを持った人物にしか、彼を受け入れ、泳がせることができなかったに違いない。人気の高い英雄批判はタブー視される。しかし、いつの時代にあっても冷静で客観的な眼は持っておく必要があると常々、自身に言い聞かせている私としては、裕次郎ファンでありながらも納得できる、ショーケンの裕次郎批評だったと思う。

先の参院選の折、坂本龍馬を信奉する身近な候補者がいたので、「本当に龍馬は歴史的偉業を成し遂げた人物だったのだろうか。薩長連合構想だって、名もない多くの人々がそれを主張し、遂行役を果たしたのではないか」などと言わせてもらった。彼は私の話を真摯に受けとめてくれ、素直で大らかな反応を示してくれた。西郷よりも大久保を、ケネディーよりもニクソンを評価するのは、奇を衒ってのことでなく、あくまでも冷静に客観的な実績を政治家として持っておきたいという思いを強く持ってのことだ。


▼水害に思う( 7月19日)

まずは被害に遭われた地域の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

河川に於ける堤防の決壊やオーバーフローといった水害は、お金を掛ければ解決は可能だ。日本全国で完璧な治水事業の予算を組むとすると、とてつもない数字となるし、年月も数百単位となるだろうが、それこそ無駄な公共事業を行うより、よっぽど国民の利益に直結する。

首都圏では高度成長期の乱開発で、低地に住宅団地を造成してしまい、内水を処理しきれず水害を起こしている例は、枚挙に暇がない。しかし、これとて予算を集中投下すれば大抵は解決できる。私の地元川越でも、激甚災害の指定を受け、大規模事業を展開したら、一気に内水問題が解決した個所が幾つか出てきた。

都市開発により、地表から地下に雨水が浸透しにくくなってきているのは事実だが、それだけに止まらず山そのものの問題も発生している。治山と治水は一体的にとらえていかなければならないが、それも予算と知恵で解決可能と私は思っている。国会で機会を見て、改めて論議したい。


▼テニス再開( 7月20日)

もう5ヶ月位ラケットを握っていなかったと思う。先日、久々のテニスは体力的にはかなりきつかったが、楽しく3ゲームをこなした。クラブのメンバーだった高齢者の仲間が、私の居ない間に次々に去っていってしまったのは淋しい。

会員のレベルは県内でもかなり高い方で、私のレベルの会員が少ないのが辛い。テニスをやっておられる方はご存じだと思うが、ダブルスでやる場合などは、技術が近いレベルでないとおもしろくないもので、お互い誘い合う仲間は決まってきてしまう。もうこの年で高いレベルを目指すつもりはないが、人に誘われるレベルには達してみたいと思っている。実現までには…。