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■2004年7月15日発行号
▼私のメルマガ( 7月 9日)
今でも「メルマガは本当に山根さんが書いているんですか」と聞かれることがあるが、間違いなく私自身が書いている。ご意見ご感想等への返信も自分で書いているが、政策的な反論のメールを頂いた時は、原則として再反論を控え、ご意見として吸収させて頂くにとどめている。
端的に申し上げれば、逐一、政策的再反論を書かせて頂く時間がないのが実態で、双方向で議論できず残念ではあるが仕方ないと思っている。最初の頃は、しっかり再反論をメールさせて頂いたり、お電話でやりとりもさせて頂いてきたが、徹底して応じさせて頂こうとすると、公務に支障が出る程の時間を割かなければならなくなる。
だから、政策面よりも私のメルマガは、身近に起きた事柄をできるだけ生で書かせて頂き、国会や私を含めた政治家の周辺にある風景をお伝えする事に重点を置いている。先般、友人がメールで「君のメルマガは癒し系かな」と語ってくれたが、そうした評価は私には嬉しい。
メルマガを書き始めて3年になろうとしているが、ほとんど書くことの苦しみを感じることなく来られたのは、「いつも読んでいますよ」という一言に励まされてきたからだと思う。
▼尾崎行雄( 7月11日)
憲政の神様といわれた尾崎行雄 没後50年に当たる今年、国会から1〜2分の所にある、以前は尾崎記念館といわれた憲政記念館で、5月から6月にかけて“尾崎行雄と議会政治 特別展”が開かれた。行きたいと思っていながら、とうとう行きそびれてしまったが、関係資料に眼を通していたら、氏の三女である相馬雪香氏の寄稿文が載せられていた。親子ならではの身近なエピソードが書かれていて、私人としての咢堂翁の優しい人柄が滲み出ていたが、私が興味深く読ませて頂いたのは、次のような件(くだり)である。
「大正12年、関東大震災の時、軽井沢に父を訪ねてきた人が、不逞鮮人が井戸に毒を入れたという事で大混乱だという話をされていました。その時、父は『流言飛語だと思うけれど、一歩譲ってそうだとしたら、何故、そのような事をする程、追い詰められた気持ちにさせられたか、こちら側に反省がないと駄目です』と言っていました」という個所が、いかにも翁らしい卓見だと思った。
翻って、アメリカで起きた9・11の同時多発テロの時、私の率直な気持ちは、「あ〜、とうとう起こってしまった」という悲しい思いだった。テロリストとして彼らが何故、そこまで追い詰められていったのだろうかと考えた時、最初に思い浮かんだのは“貧困”であり、次に“民族の誇り”だった。アメリカは深すぎるイスラエルとの関わりの中で、中東政策解決の決定的カードを持ちあぐねているし、経済戦略は世界から見て極めて評判が悪く、エゴイスティックなものと見えていたと思う。
しかし、狙い撃ちにされた米国の悲劇を対岸の火と見ることはできない。石油だけに眼を奪われて、日本より倍以上の歴史を誇る人々への敬意を我々は持っていただろうか。我々に何ができるか、私は真剣に考え続けていきたいと思う。
▼カナダ大使館からの来訪者( 7月13日)
選挙期間中、党本部ではなく、民主党県連を2人の女性大使館員が訪ねてこられた。前日に事前電話があったのだが、日程が詰まっていて私自身は応対できないとご返事させて頂いたが、たまたま細川律夫県連代表と私も少々の時間がとれ、お目に掛かって種々の質問にお答えさせて頂いた。
来訪の主な目的は、事前の電話では、民主党の地方に於ける選挙の戦い方の取材という事であった。私は冒頭から20分程しか居られなかったが、その間の質問は、選挙の争点、民主党の経済政策など政策中心のものであった。細川代表と私が、あうんの呼吸で分担してお答えしたが、果たして、ご質問の趣旨に添った満足いただける回答となっていただろうか。私たちが退席した後に、選挙運動の実際についての質問が出たのだろうが、それは県連事務局長の田並さんに引き取って頂いた。
一等書記官であるベルナデッド・サン・ジャンさんは、その容姿にふさわしく、美しい品のある日本語を流暢に話される方で、会話のコツも心得られた完成度の高い女性とお見受けした。彼女は、私が独身で20代だった時の恋人の母親に酷似していて、名刺交換の時、面食らったが、私がつまらない感傷にひたる間もなく、女史から直ぐに第1の質問が発せられた。
▼見え透いた手口( 7月14日)
インドネシアでのジェンキンスさんと曽我ひとみさん家族の再会劇は、個人的には喜ばしいことで、とても良かったと思う。しかし、タイミング的には、あからさまな政治利用で、いかにも小泉さんらしいといえば言える訳だが、もう、こうした小泉流に国民は嫌気が差しているのではないか。選挙への影響を新聞記者の人達に聞かれて、「あまりないのではないか」と答えさせてもらったが、むしろ小泉純一郎という政治家への不信を増幅させたような気がする。
私は一貫して小泉純一郎という人の政治家としての器を批判してきたが、漸く、小気味良いショートスピーチによるレトリックで集められてきた人気と票も下がり始めてきたように思う。小泉さんが当初、示してきた内政での方向性は決して間違っていなかったし、決断力もそれなりにあったように思う。しかし、そのあとの推進力、貫徹する強固な意志に欠けていた。小泉内閣の終焉は不可避で、そう遠くはないだろう。
▼動物たちの幸福( 7月15日)
我が家の犬と猫はこの頃、暑さに参ったように仰向けに寝ていることが多い。深夜にその姿を見つめながら、2匹の動物を見比べて、どちらが幸福なのか考えてみたりするが、やはり猫の方ではないかと思う。2匹とも衣はともかく、食・住に恵まれてはいようが、犬は行動の範囲が制限されているのに比べ、猫はとにかく自由に遊び回ることができるからだ。
犬のレオは、朝晩の散歩、ドッグフードを中心とする食事、直線距離にするとそこそこになる庭の延長、移動自由な居間の空間、そして我々家族の愛情が彼に与えられており、犬としては恵まれた環境下に一応在る、ということができよう。大型犬は寿命が10年位だというから、平均寿命はあと2〜3年ということになる。これから与えることのできる幸福は何かを考えると、恋愛・結婚しかないだろうと思い至るが、実際、種々の負担を思うと逡巡がある。これから先、2頭の大型犬を散歩させ続けることができるのか、後続の犬の寿命はこれから10年だろうから、自分の年齢を考慮すれば、大変な決意を固めなければならないだろう。
家族は「(恋愛・結婚は)知らなければ知らないで済むことだから」と言うが、犬の寝息を聞きながら、やはり迷う。
■先週 7月 8日発行号の「▼ペンシルバニアのこと( 7月 6日)」の本文中、リンカーンの「人民の、人民による、人民のための政治」という演説を行った場所を、ペンシルバニア州ピッツバーグであったように書きましたが、正しくはペンシルバニア州ゲティスバーグでした。訂正いたします。
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