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■2004年6月10日発行号
▼年金法案の決着( 6月 6日)
参議院の委員会で、野党側3名の質問を打ち切り、その場に総理を残したままの強行採決という与党・委員長の暴挙は、憲政史上、ほとんど前例のないことであった。また本会議でも、議長に不信任案が出されているにも拘わらず、議長自身が議事を取り仕切るという異常事態も初めてだった。
参議院民主党は、国民にまだ充分に伝えられていないが、保険料を2017年まで毎年引き上げ続け、給付は減らしていくという、とんでもないこの政府案を、どうしても成立させるわけにいかないという思いで一致していた。牛歩戦術への批判は甘んじて受けることとして、何としてでもこの法案を廃案に追い込むことが、国民生活を守る上で、我々にとって最優先の課題だった。数の力では勝てない我々野党は、国民の皆様に、この法案のひどさを理解して頂き、共に大きな反対のうねりを創り上げていくしかない。党としては、これから参院選を戦う中で訴え、再改正に向け力を尽くさなければならないと思う。
3時間を超えるわが党、森ゆうこ議員の国井厚生労働委員長解任決議案の趣旨説明と、2時間超の大塚耕平議員の討論は、中味の濃い説得力のあるものであった。テレビでは、森議員の地元、越の寒梅に触れた件だけをおもしろく取り上げ、茶化していたが、あの場面は3時間の演説の中で極く短時間のつなぎの話しでしかなかった。テレビのコメンテーターは「もっと内容のある話をして欲しかった」などと言っているが、事実を全く把握していない発言には唖然とした。公共の電波なら、もっと公平な放送の仕方がある筈ではないのか。
森議員の演説の柱は、委員会採決に対するルール破りを厳しく批判したものであったし、大塚議員の討論は、年金制度への論理的で痛烈な批判だった。恐らく完膚無きまでの批判に、自民党の良識派の議員達の中にも、心の中では「イヤー、これ程ひどいのか」と自責の念に駆られた方が多かったのではないだろうか。
私も本会議で谷垣財務大臣への問責決議に対する賛成討論や、竹中大臣への問責決議の提案理由説明を行うため、2日前から周到な準備を進めていたが、日の目を見ず至極残念な思いをした。
▼ツバメの巣〜慚愧の思い( 6月 7日)
昨年、やはり壊しておけば良かった。わが家の軒下につくられた巣は不良品で、昨年ヒナ全員が何度拾い上げても巣から落ち、とうとう打撲で死亡するという傷ましい事態となった。巣全体が浅く狭かったのかもしれない。
今年は、同じ親ツバメか判らないが、やはり5〜6羽の雛が孵っていて、そのうち1羽が落下していた。そこで考えた挙句、今年は脚立を2つ重ね、その上に小さな段ボール箱を置いてみることにした。巣からは30cm下の位置になる。先ず最初に落ちた1羽をその中に入れたのだが、2日後にはその他の3羽が巣から段ボール箱の中に落ちたようだ。その日の午後、惨劇が起こった。
わが家の猫がステップを登り、2羽の雛をくわえて家の中に連れてきたのだ。幸いまだ生きていたので、巣に戻した。しかし、翌日には再び段ボール箱に2羽落ちていた。猫はギャーギャー鳴いているのだが、あれから外には1歩も出してはいない。
もうわが家では、早くも絶望感が漂っている。
▼コロンビア・トップさんの思い出( 6月 8日)
コロンビア・トップさんが82才で亡くなられた。つい先般、歌手である島倉千代子さんの番組に出ておられて、私は、テレビの画面に隠しようもない衰弱ぶりを見て、今日を予期せざるを得なかった。知らなかったが、既に癌を告知され、ご自身でも世間に明らかにされていたという。
参議院には各界を代表するような方々が多数おられて、それぞれに異彩を放たれているが、多分ご本人達は気付かれていないだろうが、斯界に8割は共通した姿勢や空気というものが実は有る。医師、弁護士、労組役員、ジャーナリスト、スポーツ選手、官僚、会社員、学者、地方議員…。そして、芸能界であるが、この世界出身の方だけは、華やいだものは確かに共通しているが、私には一人一人が千差万別のように思える。
私が秘書時代に、トップさんとは2言3言、言葉を交わした事があるに過ぎないが、決して権力に阿ることはせず、いつも背筋をピンと伸ばし、堂々としておられた。既に先発っておられるライトさんがどちらかというと反体制的な姿勢であったのに比べると、トップさんは体制内改革といった立場を貫かれていたように思う。
参議院では、所属の委員会が福祉分野を扱う社会労働委員会に籍を置いておられた事があり、年金問題での委員会質問で冒頭、「どうしてこんなに複雑な制度となってしまったのか、解り易く教えて下さい」とズバリ庶民感覚で聞かれていたのを、今でも私はよく憶えている。この第1問の質疑に対する答弁に立ったのは担当局長だったと思うが、これに長い時間を費やされ、トップさんが苦笑していた。今思えば、それだけ時間を掛けなければ説明できない程、制度自体がもうおかしくなっていたという事だろう。この質疑が行われたのは、もう30年近くも前のことだ。
目下の者にも気配りをし、決して奢ることなく謙虚に誠実に生き抜かれたコロンビア・トップさんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
▼徹夜国会後の対応で激論( 6月 9日)
昨日、朝と夕に党の参議院議員総会が開かれ、今日また、1時間半に及ぶ同総会が開かれ、激論が交わされた。いわば、主戦論と融和論という事になるのだろう。
与党は、不信任を出された議長が議事を取り仕切るという暴挙に出た。これは議会制度への冒涜とも言えるもので、とんでもない事なのだから、一切の審議に応じるべきでないといった主張。一方の意見は、それらの問題は別途協議し、残された重要法案に粛々と対応していこうというものだ。結局、執行部案通り、後者を選択するということになった。
与党の数を頼んでの強引な議会運営を今後も許していっていいのだろうか、という素朴な疑問と不安は残る。しかし、マスコミがどのような報道をし、それを国民がどのように受け止めるのかを考えてみる時、私には自信を持った判断ができない。
最後まで、年金法案採決の無効を訴え続け、この法案成立に断固阻止の態度を示し続け、審議に応じぬ姿勢が評価されるのか、逆に、審議拒否の一点をとらえられ、厳しくマスコミに批判され、この報道に国民も同調し、わが党が打撃を受けることになるのか、今の私には全く見通すことができない。ここは今泉国対委員長をはじめとする先輩議員に一任するしかない。
▼カルガモの幼児たち( 6月10日)
早朝の散歩で畦道を犬と歩いていたら、10m程先に何やら水路の面を小さな波紋をつくりながら、黒っぽいかたまりの様なものが流れていた。歩みを速めてよ〜く見るとカルガモの親子だった。7羽の幼児たちは、立錐の余地もないほどピッタリと、へその緒の切れない赤児の様に母親にくっついて離れないまま、泳いでいた。
道路の脇にある水路に沿って漸く私の歩みが追い付いたところで、直ぐに彼女らは人の歩けない田圃と田圃の間にある狭隘な水路の方へ、直角に曲がって行ってしまった。もう少し私の側に留まっていてくれれば、それなりの友人関係までは無理としても、感情の交歓くらいはできただろうに。
50m位離れた所に他にも散歩人がいたので、「カルガモの親子が泳いでいますよ〜」と声を掛けたら、「ええ、見えてますよ」と聞こえてきた。50mも離れた所から本当に見えているのだろうか。もしかしたら、私と話すのが面倒で、適当に反応したのかもしれない。いや、やはり見えていたのだろうと思いたい。
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