■2004年6月3日発行号

▼拉致家族 子供さん達の心( 5月28日)

帰国された拉致家族の子供さん達の報道が、連日のように放映されているが、暫くそっとしておいてやりたい気がする。心は、高揚から戸惑い、不安、緊張と続き、相当、疲れてきているのではないだろうか。いつ北朝鮮の呪縛から解放されるのだろうか、といった視点からの報道は、国民の素直な関心にマッチしているのは間違いないが、個人にとっては、これから次第に多くの事柄で二者択一が求められる場面に立たされ、追い詰められた心境になっていく事が多いかもしれない。

一度、洗脳された思想なり信仰を、その人から洗い流していくのは並大抵のことではない。街でキャッチセールスのような手法で宗教に勧誘され、洗脳されて出家までしていった人を、家族が必死の思いで剥離を試みたが成功せず、他の人々の手を借り逆洗脳して漸く取り戻した、という話を聞いたことがある。自身が信じ切っていた思想なり宗教から離れる時の心持ちは、不安や混乱もあり、最後の一線では思い切った勇気も求められるものだ。

トルストイの作品でエッセイ風の“懺悔”という作品があるが、この中で、あと一押しすれば自ら棄教する事ができるものを、それができずにいる不安を書いた件は今も尚、私の脳裡に強く印象に残っている。帰国者の若い人々が、チュチェ思想、金正日という独裁者への個人崇拝の呪縛から、1日も早く解放されることを、静かに遠くから見守りたいと思う。


▼留学生の国会見学( 5月29日)

アメリカ、ドイツ、韓国、フランスの留学生である皆さんが4人、国会見学に来られ、私の部屋を訪ねてくれた。若い人たちとの話は楽しいものだが、外国の人達だから余計、私の話にどう反応するか興味があった。引率者であり通訳も兼ねて頂いた和田修一教授とは数年来の知己であるが、気遣いのある人で、質問について彼等が興味を持つ事柄を質すように、誘導されていた。

私からは、日本及び日本人の印象について聞いてみた。フランス人の留学生だったと思うが、日本人は皆、キモノをきていると思っていた、という答えが返ってきた時はビックリした。刷り込まれたイメージを転換するのは容易ではないようだ。

私に向けられた質問は幾つかあったが、何故、政治家になったのか、政治家として最もやりたいと思っていることは何なのか、といったものであった。後者の質問に対しては、政治・経済・文化でアメリカから大きな影響を受け、恩恵を受けている反面、国家全体として自立心を失いかけているので、米国とは更に良好な関係を維持させながらも、経済・外交ではもっとわが国独自の発想による国家戦略を模索していきたい、といった事を話させてもらった。


▼季節の移ろい( 5月31日)

若い頃は、季節の変わり目が何か中途半端のようで、あまり好きでなかった。年を重ねるにつれて、あまり囚われは無くなってきたが、この頃ではむしろ、2つの季節が複雑に入り組んでいるこの微妙な“間(ま)”に味わいを覚えるようになった。

春から夏への今、田圃の中にめいっぱい張られた水は、土質によっては泥が混じり溶けて濁っていたり、あるいはそのまま澄んだ水を湛えたりしている。田ん中を暫く凝視していると、水面を滑るように移動するものや、水中で左右を警戒するように身を少し振りながら前進する小さな生き物が、数え切れない程、泳いでいる。更に畦道付近の田の縁には、濡れた土中に何やら蠕動している生き物が時折、顔を出してきたりする。生物の知識に乏しい私には、その種を特定する事ができないのだが、田に水が入るとほぼ同時にガーガーと蛙の合唱があるので、多くがオタマジャクシ系の生き物なのかと考えてもみるが、詳しい事、正しい事は全く解らない。

大抵は心の慰めになる音の風物として受け入れている蛙の声も、夜、寝入る折に、騒音として聞こえてしまうことがあり、こんな時、寝不足となることも、このシーズン、数回はある。春が惜しむように、もう少し居させて欲しいと駄々をこね、夏が無遠慮に土足で入り込むようなことはないものの、遠慮がちに、でも少しずつ確実に居場所を拡げている今の季節が、娑婆で傷つく私の心を暖かく包んでくれているように思う。


▼椎名素夫議員 最後の質問( 6月 1日)

ご自身で「まとまった質問としては最後のものとなるので…」とエンディングで話されたので、私が椎名先生の長広舌の質問を聞くのは、最初で最後となるのだろう。このメルマガで以前、流暢な英語を使われ、宇宙中継でアメリカの議員と熱心な論争をしている姿が眼に焼き付いている、と書いた事があるが、あの時の印象そのままに熱弁を振るわれた。

本来、証券関連2法案に関する30分の質問なのだが、28分程1人で虚空の一点を見つめるように滔々と自己の信念を述べ続けた。アメリカとの関わりの中で、力の強い国には従わざるを得ないが、相手の懐に入って、そのルールの中で国益を守るべき。今のわが国には国家戦略が希薄で、国益を損ねていること。経済人にも戦略が無く、目先の利益に汲々としていること。等々を指摘された後、本法案もアメリカへの追従でなく、国家の戦略として位置付けて考えてみる必要がある、と結んだ。

この間、委員会室は咳き一つなく、誰しもが静かに聞き入った。


▼財政金融委員会 一般質疑( 6月 3日)

企業や各国の国債を評価する、いわゆる格付け会社のこと、そして、景気の見通しについて質問した。

格付け会社の世界的権威はアメリカの会社で、日本の国債への評価を数年前、下げた時、日本の国益が大きく損なわれたことがあった。世界の主要国が指定したり公認する会社は、世界で20社程に上るというが、わが国では2社が英、仏などの指定を受けているが、米国からは受けていない。100年の歴史を持つ米国に対し、日本はまだ25年位しか経っておらず、格付け会社をどのように市場が育てていけるか、注目されていると思う。

景気の回復基調は本物か否か、OECD、IMFなど世界の各機関で見方は全く2つに分かれている。私はまだまだ不確定要素が多いので、日本経済の今後にそう楽観はできないと思っている。

竹中大臣には、新聞報道で参院選出馬が報道されていたが、「本音はどうか」と質した。「全く考えていません」という言葉は今の気分を率直に語ったものだと思うが、果たしてどうなるだろうか。

詳しい質疑・答弁は
http://www.sangiin.go.jp/japanese/frame/joho2.htm へ。