■2004年4月22日発行号

▼歯科医師 島田ちやこ( 4月17日)

昨日16日、所沢西口駅頭で12時から17時までマラソンリレー演説を民主党で行ったが、天気も良く気温もかなり上がっていたので、長時間演説を聞いていたお年寄りが、急にバタッと倒れ込んだ。

私は最初、何かにつまずいて倒れたのかと思ったが、軽い日射病だったようだ。私が小走りに近寄り様子を見ようとしたが、島田ちやこ女史が、その方の手首から手際良く、問診しながら脈を取り始めた。普段、参院候補(予定者)としか私は彼女を認識していなかったので、素早い反応に医療従事者としての新たな一面を間近に見た思いがした。

私と運動員が抱えるようにして20M程先にある交番に、取り敢えずその方を運び、救急車を呼んで対応したが、その間にも彼女は問診を続けるなど医師としての横顔を見せていた。患者を診る時の自信に満ち、落ち着いた態度は、政治家としてはまだスタートしたばかりの姿とは対照的だった。


▼人質解放雑感( 4月18日)

北朝鮮による拉致事件とは全く異なり、かなり無理をしてイラク領内に入り込んでの行動には批判も多い、と前回のメルマガに書いた。漸く解放されホッとしたが、色々な事を考えさせられる事件だった。

戦後、日本の反体制運動は、圧倒的に共産主義運動に影響を受け続けてきた。今でも活動家は、自覚がなく気付いていない場合が多いが、共産国家ソ連共産党の戦略、戦術に心が侵されていると、私は考えている。

わが国に於ける共産主義運動の主流は日本共産党だが、そのスタートはコミンテルン日本支部としての誕生であり、事実上、ソ連共産党の下部機関でしかなかった。ソ連共産党は、自国の歴史と重ねて日本の天皇、君主制の打倒を大きな柱として、日本共産党を指導してきた。だから、日本共産党は国家を蔑ろに、国益には実のところ無関心であり続けていたと私は思う。独立路線を歩み始めたのもヨーロッパ各国の共産党と比べて決して早い方ではなかった。一国の共産党が独立しているのは当たり前のことで、態々“自主独立”と改めて看板を掲げなくてはならない所が、皮肉にも、この党の生い立ちを表していた。

日本社会党も左右の分裂を繰り返したが、昭和35年、民社党が誕生してからは、社会主義協会などが主導権を握り、左傾化を強め、モロに共産主義に染まっていった。今日と違って、特定のイデオロギーから離れた反体制運動は、社会的影響力を与える程には育たず、日本共産党と社会党の傘下での活動に甘んじていたように思う。そこに日本の反体制運動が共産主義に汚染されるという悲劇が生まれた。

最初に解放された3人のうち2人は、かなりこうした影響を間接的に受けていたように思う。何を勘違いしたのか家族は始めは政府をかなりなじっていたようであった。そのうち各党への要請を行う段になってきた頃から、低姿勢に転じてきたようだ、と家族から直接陳情を受けた民主党幹部から私も聞かされた。

どのような政治思想を持つのも自由だが、感謝、謙虚といった日本人の持つ美徳は失って欲しくない気がする。海外に行けば必ず「貴方は何人か」と国籍を確認されてから全ての会話は始まるのが現実だ。母国を出れば、誰しもが日本という国家を背負っている事を忘れるべきでないだろう。私にとっても、先人により永々と築き上げられてきた日本という国家による、計り知れない大きな恩恵があってこその個である事を、改めて確認させられた気がした。

ただ、在野の私やマスコミ等が自己責任の言葉を使うことと、政府からの発信とは意味が全く異なる。政府高官の安易な自己責任論は、国民の差別化と、過激派から受け取られかねず、私は慎重さを要すると思う。


▼わが家の癒し( 4月19日)

猫を膝の上に載せて撫でていると、犬の方も、自分も同じように抱いて欲しいと寄ってくるが、30Kgを越える大型犬なので、物理的にとても無理だ。精々、頬ずりをするなどでしか愛情を表現してやることができない。身体全てを包むように抱いてやれれば満足するだろうが、両手を大きく広げても、とても抱えきれない。犬にとっても私にとっても、身体が大型故に、スキンシップによる愛情交換もどこか満足しきれない思いがいつも残っている。

そこを散歩やブラッシングで補うようにしているが、犬の心の内はどうだろうか。家に居る時はできるだけ愛情を注いでやりたいが、余りにべったりした交わりを求めてくるので、けっこう辟易することも事実だ。愛犬は今、8才だが、大型犬の寿命は10年位というから、残る年月を良い関係で楽しみたいと思う。

ペットの担当で犬は私、猫は妻、と当たり前のように役割が決まっているが、世話が焼けるのは犬の方で、散歩、ブラッシング、ボディ洗い、食事が4大仕事である。猫の方は食事だけのケアーでよいのだから楽チンである。妻がいくら猫を抱いていても、犬の方は大人しくしているが、私が猫の名前(ピッピ)を呼んだだけでも、まるで抗議にでも来るように寄ってくるのだから、ピッピを抱こうものなら大騒ぎとなる。そんな事情もあるので私と猫は少し遠くから、遠慮がちに互いを気にし合っている。

先日、もう数年ぶりにピッピを私の布団の中に入れて添い寝したのだが、朝、起きた時は妙に前日の疲れが残っていた。私は寝相が悪いので、眠っていても寝返りを打つまいと、多分気を遣っていたのだろう。翌日、身体は疲れていたが、久しぶりに猫で癒されたような気がした。


▼選挙事務所の風景( 4月20日)

私自身も何度か経験があるが、肉体的、精神的、頭脳的に疲れがピークに達すると、動きが緩慢になり、思考がほとんど停止する。今、埼玉8区衆院補選のわが党候補の事務所でも、こうした事態が一部、現れてきた。選対責任者の1人として、これは誇らしいことだと思う。

高村光太郎による“必死の時”という詩がある。私の好きな作品の1つだが、「必死の時、人清くして若く、心洋々として豊か…」といったように詠っている。全力を出し切って、限界を超えたあるレベルに達すると、他者の眼からは、その者が清々しく映る時がある。選挙事務所に多くの清々しい青年が連日、誕生すれば、勝利への確立は高まってくるに違いない。

現場で汗みどろとなっている青年達に心より感謝したい。


▼早口なスピーチ( 4月21日)

テレビにもよく出ている自民党のある議員が、委員長報告を参議院本会議場でする時、私はいつも気に掛かっていた事がある。それは、彼はまだ若いという事もあって、やたらと早口になっていることであった。おまけに議席から演壇まで小走りに行くところも、私の気に入らなかった。

思い余って今日は、「もっとゆっくり話せ」とか「議会の権威を保て」「言葉をもっと噛み締めろ」などと野次ってみた。私の声は大きい方なので、本人にも多分、届いていただろうと思う。早口でしゃべることを何か自慢でもするかのような態度は改めるべきだろう。

早口と頭の回転は、確かに若干、比例するところもあると思うが、国会では誰一人として、そんな事に感心する人はいないだろう。多くの人がやればできる事なのだから。彼は演説が終わり、降壇した時、私は気が付かなかったが、ジッと民主党席を睨んでいったという。十分な気概は評価しておきたい。


■お知らせ■ 拉致問題解決に向け4月30日に国民大集会・大行進

今こそ経済制裁を!北朝鮮に拉致された日本人・家族を救出するぞ!

国民大集会Y
4/30(金)16:30〜
国民大行進
4/30(金)18:30〜

主催■
北朝鮮による拉致被害者家族連絡会
北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会  
北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟
北朝鮮に拉致された日本人を救出する地方議員の会

1.国民大集会
日 時■平成16年 4月30日(金) 16時半より18時まで(3時半開場)
場 所■日比谷野外音楽堂
(雨天決行、豪雨の場合は隣の日比谷公会堂で)
〒100-0012 千代田区日比谷公園1-3 TEL03-3591-6388
 地下鉄日比谷駅、霞が関駅、内幸町駅徒歩3分
参加費■無料【会場カンパ歓迎】/手話通訳あり

2.国民大行進
日 時■平成16年 4月30日(金) 18時半より
★集合地 日比谷野外音楽堂前
※国民大行進だけでも参加できます
※老若男女・家族連れどなたでもご参加ください
※係員の指示に従って整列してください
※特定団体を示す文字・ユニフォームは参加不可
※旗竿等持ち込み不可。
のぼり、横断幕は主催者準備のもの以外使用不可。
コース 外務省・首相官邸経由麹町小前解散