|
■2004年3月25日発行号
▼予算委員会での初質問( 3月20日)
去る3月18日、19日と2日続けてのデビューとなった。予算委員会の全てがテレビ中継される訳ではないので、生中継の時は原則として選挙を間近に控えた改選組の人が当たることになっている。私は選挙は3年後なのでテレビ中継はなかったが、予算委員会は華やいだ場だから、若干の緊張は覚悟していた。
実際には、18日の初日が大臣ではなく公聴人への質疑だったので、論議するというよりご意見を拝聴するというもので、割り当てられた25分はアッという間に終わってしまった。防衛問題の専門家で現在、拓殖大学教授の森本 敏先生への質問では、私の考え方との隔たりが幾らもあったので反論したかったが、グッと抑えた。議論の場ではなく、あくまでも公聴人の話を聞かせて頂く立場であったので。
2日目の19日は拉致問題を取り上げ、かなり激しくやり合った。先輩議員等からは、昼休みになり休憩となったら、「もっと激しくやれ」と言われたりした。穏やかな性格の私が激しくやるのも本当は辛い。「もっと激しく」に応え、本来の自分を抑え、完膚無きまでに叩くという事は、政治家だから時に求められるし必要だろうが、今回は逃げ道を残して矛を納めた。しかし、その事で実を取れた事も幾つかあったようには思う。
詳しくは、
http://www.sangiin.go.jp/japanese/frame/joho2.htm
をご覧下さい。
▼学歴詐称( 3月21日)
マスコミによる政治家の学歴詐称は与野党を越えて頻繁に報道されている。先般、党内で7〜8人のある会合が開かれる迄、間があって雑談していたら、この問題が話題になった。ある議員が「もう政治家を学歴で選ぶ時代ではなくなっている」と言ったら、他の議員が「政治家の能力は学歴じゃないよ」と続いた。更に「学歴なんてつまらないね」との発言があった。
しかし、話しはそれ以上、盛り上がらなかった。よく見てみたら、発言した3人のうち2人が、東大卒の議員だった。「これじゃあ、あまり話に説得力が無いかもしれないな」と思ったのは私だけだろうか。
過般、テレビで国会議員の4人に1人は東大卒と報じていたが、学生時代の落ちこぼれや帰化した元・外国人や様々な人材が国会に集まってこないと、国政に幅や味が無くなってきはしないか。能吏型、大言壮語型、合理主義者や人情派、様々な人々が国会に集まることを期待したい。
▼朝の出会い( 3月23日)
一瞬、「マズイ」と思った。朝の7:40頃だったろうか、東上線上福岡駅で、駅の近くのマンションに住んでいる事務所の女性スタッフとばったり鉢合わせしたのだ。向かう所は同じ国会の私の事務所だから、ずっと一緒、という事になる。
27才の若い女性と車中で話をしていたら、他人からどんな風に見られるだろうか。私が知らなくても、私の顔を知った人からの眼が恐い気がした。池袋から有楽町線に乗り永田町までの間、見知った誰かに出くわす確率はかなり高い。
案の定、参議院副議長の女性秘書と出会ってしまった。彼女とは、党は違っていたが、私が参院の秘書時代からの知人で、知り合ってからもう30年近い年月が経っている。今思えば、言う必要もなかったのだが、態々、女性スタッフと一緒にいることの偶然を長々と説明してしまった。
偶然の出会いでも知恵を働かせて、今度は、本人に話しておかなくてはならないが、シカトしておこうと思う。
▼台湾総統選挙( 3月24日)
陳水扁候補が再選されたが、不正選挙の疑いを掛けられ国が混乱している。
以前、アメリカの大統領選挙の事をメルマガに書いたことがある。それは、ケネディ対ニクソンの戦いで不正選挙の疑いはかなり濃厚であったようで、ケネディも事の成り行きを見守る姿勢を示し、勝利宣言を留保していたように記憶している。そして、ニクソンは国家の権威、国の団結を優先させ、自らの決断で敗北を受け入れた。まだ私も若い時であったが、男の潔さをあの時ニクソンに教えられた気がした。
先週のメルマガでは韓国大統領弾劾裁判のことに触れたが、まさか台湾についても同じような思いでペンを走らせることになるとは思ってもみなかった。男にとって、政治家にとって、国家にとっても美意識が今、時代から我々アジアが求められていると私は思う。
▼2時間質問( 3月25日)
昨日24日、今日25日の両日、財政金融委員会で所得税法改正及び公債発行特例措置法案の審議が行われた。私は今日の2時間を割り振られ、資料集めなどの諸準備に入り、22日までにはほとんど何をどう質問するか整理していた。
しかし、私の考えた質問メモと資料を、質問前々日そっくり紛失してしまった。家に無かったので、国会の事務所にでも忘れてきたのだろうと思い、朝7時に議員会館に入ったら、もうスタッフが在室していた。議員会館は泊まることはできないので、徹夜で仕事をしていたという。
ところで私の資料は、やはり無かった。私は血の引くような思いを久々に味わった。気を取り直し、一から質問を作り直さざるを得なかったが、何とかギリギリで間に合わすことができた。
2時間コースは初めてだったが、終わってみるとまたアッという間だった。むしろ未消化で、触れることのできなかった質問を3分の1程残してしまった。でもこれで良いのだと思う。質問作りは予定時間のいつも倍位、用意するようにしている。それでないと、余裕ある(?)虚構にしか過ぎないが、深みを見せる質問は作れないと思うからだ。
選挙と同様、“ギリギリ”“ヒヤヒヤ”はいつも私につきまとう運命と思っている。
詳細はhttp://www.sangiin.go.jp/japanese/frame/joho2.htmへ。
|