■2004年3月11日発行号

▼古の言語研究者会談( 3月 4日)

日本語を研究している2人の草莽の人を引き合わさせて頂いた。1人は既にメルマガでも紹介してきた太古の漢字音を研究している飯野睦毅氏であり、もう1人は私のテニス仲間である猪俣氏である。

猪俣氏は高校の英語教師をしている傍ら、独自に縄文文字を解読して、DNAは縄文人によって既に解析されていたと言って憚らない人である。テニスで練習試合をした後では必ず、次の順番まで東屋で待機している時に、縄文文字についてひとしきり私達は講釈を聞かされている。あまりに専門的な話なので、「その話は難しくて誰も楽しく聞いていないから、今度、私がいい人を紹介しますよ」と言って、2人の会談が議員会館の私の部屋で実現した。

20分程、会談に立ち会ったが、私には宇宙人の対談に立ち会ったようで、全く理解できる内容ではなかった。他の仕事に忙殺されていたので、途中退席させてもらったが、会談は2〜3時間にも及んだようだ。これを機会に2人の研究に弾みがつけば、私にはこれ以上の喜びはない。


▼トイレのこれから( 3月 5日)

友人が東陶(TOTO)系の企業に勤務していて、商品展示をしているので1度見に来てくれないかとの話があり、早速先般、会社訪問させて頂いた。社長以下、出迎えて頂き恐縮したが、ビデオ20分、質疑20分、商品見学20分、という視察だった。改めてトイレについて考えてみるユニークな機会を与えてもらった。

会社として学校のトイレ改革に力を入れているという話だったが、兵庫県でトイレ掃除から荒れた生徒を更生させていったという話を私からさせてもらったら、都内の学校でもそういった例があると言って、NHKで放映されたビデオをもう1本見せてもらった。

私は結婚してから1度もトイレ掃除をしたことはないが、父と2人暮らしだった10年間はずっと便器をこすり続けていたのだが、もう忘れかけていた。トイレ掃除と教育、トイレと心の安らぎ、手洗い所での語らい等から、見えにくい“トイレ”の文化への貢献を教えてもらった気がする。


▼「ダライ・ラマ 生命と経済を語る」を読んで( 3月 7日)

本書は、1955年7月に1週間に亘って行われたフランス人企業家ファビアン・ウァキ氏との対談をまとめたものだが、ウァキ氏は百貨店『タチ』の創業者の2代目で、仏教をはじめ宗教や哲学に造詣の深い人物だ。本人は謙遜しているが、知的にはダライ・ラマと互角に対談しているように見える。

ダライ・ラマは単にチベットの解放運動にとどまらず、世界平和への意欲が旺盛で、第1級の世界的人物だと思うが、この対談でその人となりを惜しげもなく無警戒に晒して見せてくれた。一流の宗教家とは気負うことなく、当たり前の事を当たり前に行ないきる人間のことなのかもしれない。

自身については、超能力、霊力は全く備わっていないと明言するし、チベット国内では自分を導いてくれた師が14〜15人いて、今も4〜5人が生存されているのだという。決して自分を大きく見せようとはしない。

以前にもメルマガで引用した事がある石川啄木の歌に、「手が白く且つ大なりき 非凡なる人といはるる男に会ひしに」というのがあった。私流に解せば、非凡な男に出会ってみたが、普通の人とあまり変わらなかった、という意味だと思う。“手が白く 且つ大なりき”は無理にこじつけたレトリックに過ぎないだろう。ダライ・ラマとは正にそうした人なのかもしれない。

キリスト教を時に擁護する発言があったり、仏陀(お釈迦様)への完全な帰依者なのに仏教自体のとらわれからも離れている天空海闊な人格は、私のイメージする真の仏教徒なのかもしれない。一昨年、訪れた中東の国々で出会った一流のイスラムの宗教家も、異口同音に皆が「他宗教にも我々は寛容なのです」と語っていたのが思い出される。

宗教者にも政治家にも具体的問題で多くの示唆を与えてくれており、私は本書の一読をお勧めしたい。


▼元・記者の告白( 3月 8日)

憲政記念館で民社党・西村栄一第2代委員長の生誕100年記念集会が開かれた。私は第2部のパーティーに出席したが、その席上、NHK元解説委員長の家城啓一郎氏がスピーチに立った。齢80才と言っておられたようだが、まだまだかくしゃくとしておられた。

西尾末廣初代委員長の後を継いで、苦労の多い仕事に没頭されておられたが、癌に倒れ余命幾ばくもないことを自覚されていた、という。入院先の虎ノ門病院に家城氏を呼び、「自分はもう先がない。後継の委員長には春日一幸が良いか、佐々木良作が良いか、率直に聞かせてもらいたい。」と言われたそうだ。「敢えて私がどう答えたかは遠慮したい」と語られたが、スピーチが終わりパーティーが始まってから、グラスを持ち私は家城氏のところに歩み寄って、「家城さんの性格からして、佐々木先生を指名されたのではないですか」と聞いてみたら、ニヤッと笑われた。私の推測は当たったのかもしれない。

私も地元埼玉では、記者の皆さんとそれなりに親しくさせて頂いているので、時折、私的に意見を聞かせてもらう事がある。国会と地元にいるだけでは、物事を客観視できなくなることがあるかもしれないからだ。


▼「きっと!すべてがうまくいく」を読んで( 3月 9日)

娘に買ってきた本だったが「読まない」と言われてしまったので、もったいないから私が読んでみたが、“ナットク”だった。後輩や若手議員等に因果応報等の話をしたりしてきたが、かえって反発を誘う結果にもなったりするので、時宜をみたり相手の心理状態を探りながらでないと失敗する。

37年に及ぶ自分の政治人生や仲間や後輩の政治人生を見て、人生に於ける原理のようなものを私自身感じ始めているが、本書は我が意を得たりという思いがする。アメリカの成功哲学に関する本は、30冊程読んでいるが、著者はその草分け的な存在のようだ。何冊か購入して知人にプレゼントしようと思う。喜んでくれそうな人に。