■2004年3月5日発行号

▼中曽根元総理事務所( 2月27日)

全く個人的な感情だったが、元総理の引退は至極残念であった。先般、鳩山 由紀夫 前民主党党首等が主導して開いた憲法問題に関する勉強会で、講師として招かれた元総理に、「民主党から立候補を」と、質問という形で進言した議員がいた。責任と権限のない立場からの発言であったが、党の一部議員の空気を反映していた。これに対し、中曽根元総理は笑いながら、半ば冗談で「検討します」と答えておられた。議員は辞したが、テレビ出演や新聞への寄稿の頻度は刮目され、視点は的確で頷かされる事が多い。

去る24日、義兄の葬儀に当たり生花などを頂戴したので、事務所に御礼に伺ったら、ちょうど外出されるところに出くわし、廊下で謝意を表させて頂いた。エレベーターの中では改めて義兄について二言三言、言葉を交わし、自然の流れでそのまま玄関でお見送りさせて頂いた。中曽根事務所内に直接入ることはなかったが、どこか賑々しく華やいだ熱が感じられた。依然として国民的人気も高く、バッヂを外してもなお、ご意見番としての影響力は大きい。


▼娘と一杯( 2月29日)

顔立ちは幸か不幸か私と似ているのだから、誤解など生まれはしないと思うが、「援助交際と思われるから、絶対に2人で街を歩いたりするのは嫌だ」と言い続けていた娘が、漸く父親たる私への嫌厭期を脱しつつある。「お腹がすいたから、どこか連れて行って」などと時折、私を誘うようになってきたのだ。「これは・・・」と思って調子に乗って、頻繁に私から誘ったりするとまた嫌われそうなので、逸る気持ちを抑えているが、「何か美味しいものでも食べに行こうか」といつも顔色をみながらチャンスを窺っている自分が、少しかわいそうな気がしないでもない。

そんな昨今、「どこか呑みに連れてって」と来た。待ってました、待ってました、とばかり、行きつけのスナックへ行ったのだが、話が弾んでくると、顔見知りの常連客が次々と話に入ってきたがって声を掛けてくる。私としては、20才になった娘との初めての酒場でのデートなのだから放っておいて欲しかったのだが、娘も社交性があるから、私との話を中断して受け答えしていた。少しずつ少しずつ、親の知らないところで成長していく娘を発見した、私にとっていささか複雑な夜でもあった。


▼3月13日という日( 3月 1日)

日程調整の時、「3月13日」と聞くだけで何かあったような気がしてしまう。民主党埼玉県連の大会の日ではあるが、『他にも何かあったよな』という記憶なのだ。つまらないメモリーだが女優・吉永小百合の誕生日なのだ。青春の時、サユリストだった人は共通の経験があるのではないだろうか。亡くなった義母の誕生日も同じ日で、生前、ジョークで「おかあさん、吉永小百合にそういえば似ていますね」などと言ったことがある。

今でも家庭では非難されているが、自分の結婚記念日は全く憶えていない。しかし、神奈川で県議会議員をしている高谷 清という私の友人の結婚式は覚えている。彼が語呂合わせで、S46年11月22日の結婚記念日を「シロクジチュウ イイフウフ」と言ったので、そのまま記憶に残ってしまったのだ。忘れて良い記憶と思い出すべき記憶が思うようにならない。


▼パーティー式次第( 3月 2日)

2月26日、私のパーティーを地元川越で開いた。パーティーは年2回開くことにしていて、1回はいわば謝恩パーティーで、後援会の皆さんとの懇親を目的としたものだ。従って、3,000円の会費だから収支はギリギリか若干の赤字覚悟で開催するものだ。そして、もう1回のパーティーは政治資金の浄財を集めることを目的としたもので、今回のパーティーがこれに当たる。

パーティーは事前に来賓の挨拶時間を決めておくが、大抵オーバーするもので、今回は特にご自分の選挙を控えていた方々がいて長広舌は覚悟していた。そこで、本来なら乾杯の前に本人の国政報告なり挨拶ということになるが、酒肴を前に長時間の話は無粋なので、敢えて私のスピーチを後に回した。果たして私の読みはピッタリだった。

乾杯の後は当然ざわついてくるので、あまり話は聞いてもらえない。「今日の主役は、実は私なんです」と口火を切ったが、やはり笑いはあまり取れなかった。正直なところ、注目は鳩山前代表のスピーチにあり、率直な発言内容に参会者の皆さんからの評価は上々だったので、これで良かったと思う。

今回のパーティーは売り上げも内容も予想通りで上手くいった。ご協力頂いた皆さんに心から感謝申し上げます。


▼免許証の更新( 3月 3日)

今月の8日が誕生日なので、免許証の書き換えに行ってきた。5年間、違反が無かったのでゴールド免許となった。もう時効だから告白するが、19才で免許を取って今日まで、全く酒気帯びで運転しなかったということはない。しかし、少なくともこの9年間は全く無かったと断言できる。それは、県会議員に挑戦しようと決意した日からなので、容易にその年月を憶えているのだ。

今でも、自分でパーティー会場まで運転して出掛けたりするが、そんな時は乾杯はウーロン茶にするか、最悪ビールの時は、格好はつけても一口も呑んでいない。当たり前の事ではあるが、こういう事に自ら例外を作らないことにしている。

さて、ビデオを視ての講習の時、私の顔や職業には全く認識がなかったと思うが、婦警さんから名指しで質問されてしまった。「ドライバーとして、この場面ではどこをケアしますか」という簡単な質問だったが、妙にドキドキした。