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■2004年1月29日発行号
▼クッション使用の許可( 1月23日)
予算委員会の理事会で今国会に限り、大臣席でのクッション使用を許可することに決めた。そんな事まで態々、会議に付するのかと思わず吹き出しそうになったが、よく考えてみると院内の規則では書類以外の物は基本的に持ち込みを禁止されていた。不測の事態が起こることを避ける為の措置で、乱闘国会などでかつての名残なのかもしれない。私が秘書をやっていた30数年前は会議で怒鳴り合い、灰皿が飛んだこともあった。
川口外相、石原国交相、小池環境相、河村文科相、小野特命相が使用するとのことで、個別に許可が下りた。小泉総理からは要求もなく、“元気”を図らずもアピール?
▼災害救助犬の訓練を視察(1月24日)
個人的な視察だった。NPO法人が行っている訓練で、私としては初体験。会員とペットとして飼われている犬数10頭が集まり、瓦礫や林の中に災害で倒れた人々を捜し出す訓練や、犬のしつけ方を指導したりしている。犬のしつけは民間に委ねると6ヶ月位入所させられ月7万円位の費用負担があるので、ここでの訓練は低額で評判も良い。
訓練場は東京都中野区にある区所有の空き地だが、今年3月には開発計画があり撤収しなければならないという。そこで、国会で災害救助犬の訓練問題をとり上げてきた私に陳情があり、どこか代替できる土地を紹介してもらえないかとの相談だった。
1月8日陳情の後、私のメルマガにこの事を掲載していたところ、早速反応があり、25年来の知己である県内の市長から候補地を提示して頂いた。使用形態等で折り合いがつけばと思うが、ご縁があることを期待している。
▼今は昔( 1月28日)
社民党の代表質問は従来の慣行では、議席数が激減したので枠が無くなるが、民主党が同じ野党という立場で後押しして、本会議での質問の機会を社民党に与えた。質問の冒頭、謝意が表されたが、私は20数年前の事を思い出していた。
当時、参院10、衆院20議席が院内交渉団体としての資格であったが、民社党はこれを若干下回っていた時期がある。この時、同じ野党であった社会党は民社党に冷淡な態度で終始していた。むしろ、自民党の方が同じ自由主義陣営という意識もあってだろうか、種々配慮してくれたのを憶えている。多分、東西の冷戦構造の中で社会党は北朝鮮やソ連といった共産主義陣営の枠に近く、韓国やアメリカに近しかった民社党をあまり快く思っていなかったというところだろう。
本会議での謝意表明を見ていて、私は時の流転の中で因果律を覚えずにいられなかった。
▼経団連の政策評価( 1月29日)
今朝の新聞で、自民党と民主党に対し政策評価を経団連は通知した、との報道があった。これに基づいて献金を開始するということらしい。以前にも消費税の引き上げに賛成する議員には献金する、といった報道がなされていた。しかし、これで良いのだろうか。
企業人が政党への評価基準をつくり献金する。政治家は、活動にはどうしても金が必要だから頭を下げながら経団連の政策基準に自分の政策を合致させようとする。私にはどこか狂ってきたように思えてならない。
数10年前の経済人は眼前の経済を超えた国家観なり世界観を持った人々がたくさんいた。「天下・国家の為に使って欲しい」といった意気地が感じられた。どんどん日本中の各界の指導者の器が小さくなってきているように思えてならない。私は指導者の要諦というものは、1に人格、2つに器、3つに意欲、4つに能力の順番だと思っているが、これは少数意見なのだろうか?
▼中曽根元総理の講演( 1月29日<2>)
民主党の国会議員、数10人を前にしての講演だった。多少声に張りが無くなっておられるが、頭脳は冴えわたり、聞く者に何かしらの知的刺激を与えずにはおかなかった。米ソ対立構造が終焉し、国の方針を選択する際の物差しを、もう自由主義陣営という基軸だけで捉えられない時代に突入し、自分としては“歴史”を頼ることにしている、という述懐は元総理らしいと思った。
総理在職の時、サミットで各国首脳の記念撮影の折、レーガン大統領の脇に立って写真を撮らせた事については、十分、計算しての事だったという。音楽隊の演奏がどういう訳か軍艦マーチで、国務省の人が大変、日本に気遣い心配しているという話が元・総理の耳に達した。そこで敢えてその事について触れ、「ご心配なく」とレーガン大統領に話しかけながら、自然の形でスーッと脇に立ったという。もちろん、全て計算ずくで。「国連への分担金などでは大きな貢献をしているわが国が、いつまでもサミットで1番端にいては国民に申し訳ない」と思っていたのだという。
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