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■2004年2月12日発行号
▼財政金融委員会での初質問( 2月 5日)
2つの法案についての質疑に立った。詳細は
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kaigirok/daily/
select0105/main.html
をご覧頂ければ幸ですが、ここでは別の角度からご報告させて頂くこととします。
先ず、農業共済再保険特別会計について。これは、財政が厳しいので、積立金を歳入扱いして、急場をしのぐ措置について、立法措置をするというものだ。昨年の冷夏で、農作物が不作だったので、会計がひっぱくし、これを補填することになる。
私は、鳥インフルエンザが、豚や馬に感染する可能性を指摘し、その際も被害が発生したら、この保険が適用されるかを質問した。答えはイエスだった。被害の大きさにもよるが、場合によっては、一般会計からの繰り入れなどの措置も必要になってくるかもしれない。事前のレクチャーでは、馬への感染はない、という事であったが、私は敢えてその可能性に言及して質問することとした。「豚の感染はあっても、馬はない」との一部報道だけを、私は鵜呑みにすることはできなかった。インフルエンザウイルスのA型というのはやっかいなもので、様々に変異するタチのもので、今の延長線上で予測することは危険だと思う。
決算上生じた余剰金は、国債の償還に半分以上使われなければならないと、財政法上定められているが、これを例外的に扱い、一般会計に繰り入れてイラク関連等補正予算に使うという法案が2つ目のものだ。
この質問では小泉総理が国債を発行しないで、補正を組んだと胸を張っているのは“まやかし”だという指摘と、イラク支援策に於ける財政体系を明らかにさせる事に照準を合わせた。国際社会からは、今後の展望から、日本に1兆円規模の支援を求める声があるが、これに対する見解を求めた。当面、そこまでの内容は考えていないようだったが、テロ紛争が長期化すると話は変わってくるだろう。
▼テレビ中継の影響力( 2月 6日)
予算委員会の理事を担当させて頂くことになったので、仕事内容が目新しく楽しいが、今迄、耳に入ってこなかった情報も耳にするようになった。その中で改めて認識させられたのは、NHKのテレビ中継の時、全国から党本部などに質問内容に対する賛否の声がリアルタイムに届けられ、大きな反響がある、ということだった。
私は市議会議員時代から数えると、もう25年も質問に立って来たが、その都度成功や失敗があり、今でも直前まで緊張している。論理性があり、理知的であること。情味のある空気を発散すること、この2つを意識しているが、やはり出来・不出来がある。このレベルで成功したとしても、更にその上には“感動”の領域がある。
見る者、聞く者の魂を揺さぶるような、質疑や答弁、あるいは演説にまで到達してはじめて、一流の弁舌家といえるのだろう。私には前途遼遠だ。
▼事務所スタッフの結婚( 2月 9日)
年頃のスタッフが3人いるが、国会事務所を一人で切り盛りしてきた武藤かおるさんが、先頃結婚した。式と披露宴に出させて頂いたが、何か父親のような気分で、半分嬉しく、半分持っていかれたような感じだった。
記者である新郎とは、私も浦和で何度か党県連幹事長として取材を受けたことがある。当時、私は県会議員であり、所属していた民主党系の会派事務所には、事務員として武藤かおるさんが勤務していた。評判が良く、人気のお嬢さんだったから、沢山のアプローチもあったのだろうが、新郎となった山崎記者は、爽やかな好青年であったし、取材で、もう話し終わっているのに、なかなか席を立とうとしない様子を見て、「もしかしたら・・・」とは思っていた。今思えば、あの時の私の勘は当たったことになる。
これで、年頃の残る男・女2人のスタッフにも、弾みがつくかもしれないが、淋しくもあり、嬉しくもあり、「事務所はこれから先・・・」と考えると、不安でもと言ったところだ。
▼「蛇にピアス」金原 ひとみ 著を読んで( 2月10日)
娘と同じ年の作家だから、芥川賞受賞のこの作品を興味深く読ませてもらった。父親はこの作品をどんな思いで読むのだろうかと思ったら、私の事務所のスタッフの話では、父親は大学教授兼翻訳家で、この作品にも種々アドバイスしていたという。驚きだった。
それは、年齢の割に性描写が大胆で、私などの感覚では「おやおや〜」と思わせる程のもので、とても父親の立場からは読みにくいものだからだ。全て虚構なら受け入れられるが、多分、自身の体験をめいっぱい膨らませて書いたものだろうし、娘の思春期の行動を見せ付けられるような思いを父親は持たなかったのだろうか。
穂積隆信の“積木くずし”の主人公は、もう早逝してしまったが、イメージとしては、この作品の主人公と似ている。私には水商売で働く若い娘さんを女性として認識できないように、私の娘と同年の作家のこの作品を、作品として受け入れ、楽しんで読むことは、とてもできなかった。
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