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■2004年12月9日発行号
▼いびき(12月4日)
眼を醒ました時、妙な感覚だった。労働組合で泊まりがけの研修会があり、私も一泊して、知己の人達と同部屋で3人布団を並べて寝た。アルコールが入っていたので、皆すぐに眠りに入れたと思う。私は他の2人より先に部屋に戻り、テレビを見ていた。だんだん睡魔が襲ってきたので、素直に布団を掛けて就寝したが、そのうち1人が戻ってきたのは憶えているが、他の1人がいつ帰ってきたのかは知らない。
多分、私の眠りは深いものだったと思うが、不思議なことに隣人のいびきの音は、はっきりと覚えている。それは往復コースのうるさい音ではあったのだが、私にとってはどこか懐かしい響きであった。そう、あれは父のいびきに酷似していた。父の大きないびきは毎夜のことであったので、幼年時代からあの音には耳慣れ、私自身の睡眠を妨げるものでは決してなかった。むしろ、子守唄のようにさえ私には受け入れられていた。
夢か現(うつつ)か、隣人のいびきを聞きながら、『あ、親父がいる』という安堵感に私は包まれるようにまどろんでいた。父親が亡くなってもう22年になるが、本当に懐かしく嬉しい感覚だった。
▼世界連邦日本大会に出席して(12月6日)
今日、初めてこの大会に出席させて頂いた。私は挨拶の中で、お釈迦様の説かれた「三界は唯心の所現」についてお話させて頂いた。つまり、心の中で真にイメージした事が今日の現象となっているということで、これは私の信念でもある。あまりに遠くにあることだから無理、と諦めるのではなく、絶えずその実現に確信を持つ、という事が大切なのではないか。会場には若い人の数が少なかったことが私には気になり、この運動にとって今後の課題だと思った。
今、自民、民主両党でそれぞれ新憲法制定の動きがあり、世界連邦の基本的理念が組み込まれる千載一遇のチャンスが来ていると私は思う。何度か党内の憲法論議の折、私も提唱しているのだが、ズバリ“世界連邦”の名を憲法に挿入するのは、今のところなかなか困難ではある。
アインシュタイン博士と共に運動の提唱者であった湯川秀樹博士の奥様(湯川スミ世界連邦全国婦人協議会会長)が会場に来ておられたが、94才のご高齢だという。お顔だけ見ると、精々72〜73才位としか思えない若さであった。若さの秘訣はこの運動と関わりがあるのだろうか。お話しするタイミングを失してお聞きできなかったのは残念な気がする。
(世界連邦運動協会ホームページ)
http://homepage3.nifty.com/wfmj/index.htm
▼“風”(12月 7日)
“風”は民主党を表するのに、皮肉と羨望を込めてよく使われる言葉だが、私自身は民主党結党以前から、敢えてキャッチフレーズに“風”を使ってきた。県議会議員選挙に初挑戦の時は、無所属での出馬でもあったので、後援会の看板には“保革を超えた風が吹く”と書いた。そしてジャンパーやリーフには“風が吹く”と徹底して刷り込んだものだ。そして今、同志の政治団体名を“未来への風”と命名した。
実はいずれも、私自身のオリジナルな発案ではなく、他人のアイデアを頂いたもので、“風が吹く”は私の友人である井上福岡県議から、彼が使って評判が良かったのでと薦められたので、そのまま使わせてもらった。“未来への風”は宮沢賢治が使っていたという“未来からの風”を手直ししたフレーズだが、先に開かれた民主党・新緑風会の研修会でジャーナリストの高野孟氏が語ってくれたことにヒントを得た。
支持者の方々から時折、「民主党は風任せではダメですよ」と言われるが、風というか、国民の期待感が大きな風となっている事は確かだ。しかし、“風”=“頼りなさ”というイメージが残り、どこか“風”という文字を入れることに、いつの間にか負い目を感じるようになっていた。
そんな折、仏教成立以前のインド哲学ウパニシャドの文献を読んでいたら、“風”について書かれた一文に出くわした。曰く「この世界と彼方の世界(霊界?)並びに全ての被造物をつないでいる糸は、風である」と。多分、3000年以上前の思想だろうから、過去から風についての励ましのメッセージを恵まれたようで、少し嬉しかった。
▼公務員制度改革(12月 8日)
党の中期的政策課題に関する中間報告をまとめる作業を公務員制度改革プロジェクトチームで行った。一時代前、盛んに言われた“小さな政府”か“大きな政府”かのイメージを今回は出せなかった。郵政民営化の行方、地方分権・主権の行方、そして党内的には道州制の具体的内容を詰め切っていない為だ。
しかし、わが国の骨格をつくる程の事だから、絶対に拙速は避けなければならないと思う。もう我々は、野党としての対案を出す、という感覚から、政権をとったらこう創り直す、という意識に本気でなってきているから、慎重にならざるを得ないのだ。道州制については、権限をどの程度与えることが、わが国に適っているのか、今、その強弱について様々な議論が党内の各政策組織で行われている。
今日の新聞報道では、私はまだ読んでいないが、政府は公務員制度改革に関わる法案を来年の通常国会での提出を見送る、という記事があったそうだ。中央官庁キャリア組への扱い、天下りの防止策など、避けて通れないいくつものタブーに、政府はなかなかメスを入れられないのかもしれない。中央官庁エリート組は、わが党内での勉強会での席上、国家公務員数の1割削減案をほのめかしたが、この程度の数字なら彼等の狡猾なマジックでいくらでもはじき出せるものだろう。
私は今日の党内会議でも発言させてもらったが、政府の大きさというのは、権限、予算、職員の数、この3つが3大要素だと思う。地方分権・主権がどの程度のものとなるかによって、3割となるか5割の削減となるのか、公務員数の削減は、そういった規模の話になる筈だ。
▼2杯目のお茶(12月 9日)
議員会館地下2階の食堂は、暫く行っていなかった。ダイエットの為にずっとおソバ屋さんに通っていたからだ。体重も安定しているので、再び議員会館食堂に行くようになったら、食堂の女性が私の嗜みを憶えていてくれ、お茶を2つ出してくれる。しかし、この1年程で私の体質も変わって、実はもうお茶は1杯で満足している。今更「もう1杯で結構です」とも言えず、ちょっと無理して呑み干すことにしている。
私が市会議員の時、ある労組事務所へ行った時、態々、コーヒーを出してくれ、「あ〜美味かった。ごちそう様でした。」と言わせて頂いた。そうしたら、訪問の度に私には必ずコーヒーを出してくれ、有難かった。ところが、私は日本茶派で、実はコーヒーはあまり好みではなかったが、その方が退職されるまで、ずっとコーヒーを頂いていた。申し訳ないような、有難いような、自分が恨めしいような思いを、何年も引きずってしまったことがあった。
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