■2004年10月28日発行号

▼奉送(10月24日)

皇室に関わる用語は特別な言葉があって、初めて出会う単語も多い。表題の“奉送”は難しい文字ではないが、普段、耳慣れない。天皇・皇后両陛下は、国民体育大会へのご臨席と合わせ、埼玉県内を視察された。両陛下御帰京の際、熊谷駅でお見送りさせて頂くことに“奉送”という言葉を県は使っていた。私は、駅には多くの地元国会議員がいるものと予想していたら、私を含めて3人の国会議員と6〜7名の県会議員での奉送となった。

駅長室のすぐ前に我々は整列していたが、駅長室からお出ましになられたら、天皇陛下からいきなり私に、直接お声を掛けて頂いた。緊張のあまり何とおっしゃられたのか全く憶えていないが、「ありがとうございます」とだけお答えさせて頂いた記憶はある。ホームにつながるエスカレーターまでの奉送であり、お姿が見えなくなるまで、僅か2〜3分の間であったが、間近で両陛下の御徳に触れられたのは、この上ない僥倖(ぎょうこう/思いがけない幸福)だった。

いつの頃か、もう5年以上前であったかもしれないが、テレビニュースで両陛下が映し出され、皇后様が少し跳ねるようにして天皇陛下のお側に寄られたのを印象深く憶えている。今日も皇后様が、少し遅れて歩いたのを取り戻すかのように、同じように肩幅ほどの距離に過ぎないが、何とも愛らしく天皇陛下の腕にすがるように、ハンドバッグを両手に抱え、両膝揃え小さくステップされたのを眼の当たりにした。何とも仲睦まじいお2人の姿は、国民にとり夫婦としてのある理想を見せて頂いたような気がする。それにしても、皇后陛下の古稀を迎えて尚、あのお姿と振る舞いの美しさは、どこから来るのだろうか。


▼アインシュタイン信仰(10月25日)

1981年に予言していた「慣性系の引きずり」という現象が、NASAの人工衛星2基を使った観測で確認された、という新聞報道を読んだ。内容は、「真空の宇宙空間で地球のまわりを人工衛星が回っているとき、地球が自転していてもいなくても、人工衛星の軌道は影響を受けないのが常識。しかし、一般相対性理論によると、重い物体が自転すると空間そのものにゆがみが出て、周囲の物体が影響を受ける。93年から9年程かけて観測したら、年に2メートルずつ地球の自転方向に余分に引っ張られていた。」というものだ。

衛星の軌道距離を私は知らないが、素人感覚では、たった2メートルなのか、という気がする。宇宙物理学での評価は分からないが、この事をもって「アインシュタイン(以下・ア博士)はやっぱりすごかった」との考えは私なら避けたい。ア博士が引きずり現象を予言した時、全くの素人の測度だが、何キロ、少なくとも数百、数十メートルの影響をイメージしていたのではないだろうか。だとしたら、「予言は当たっていたとしても、それは渺(びょう)たる(大海原で点を打ったような)ものでしかなく、法則や原理、定理や公理といったレベルのものではなかった」と表現することもできたのではないか。

科学好きの人や学者からは、私の感想は全く的外れのものかもしれないが、著名な人や大物の言をいつも素直に受け入れられない疑い深さは、私の癖となってしまっている。偉い人へのへつらいを避けようという思いが、もしかしたら私の性格を屈折させているのかもしれない。

科学者の科学者への評価は、冷静で客観的、科学的なものでなくてはならないと私は思う。個人に対しても、学説に対しても盲信的な思い込みは社会の発展を損ない、ひいては全体主義の誘発につながるというのが私の心配だ。自然科学者はともかく、これが経済学者や政治家、宗教者等への狂信に走った時、社会や国家が危うい。私は“個人の人格の自由な発展こそ最高の価値基準”という言葉の信奉者である。


▼新幹線の脱線(10月26日)

−−−新潟中越地震の被害に遭われた皆様に、衷心よりお見舞い申し上げます。被災地の皆様が必要とする救援の円滑な実施に、私たち民主党も全力を尽くして参ります。−−−


私の驚きはマスコミ報道と違っていた。“脱線してしまった”というより“脱線だけで済んだ”という感動だった。よくぞここまで技術を高めていたという驚きと、技術者への感謝・敬意の念で心の中はいっぱいになった。

沿線に備えられた地震計とジョイントされたATSの装置がしっかり機能して大事故を防止できたという事実に、改めて開発した技術者の、あるレベルを超えた執念を見る思いがした。後に続く技術者が、新たな途轍もない夢を更に実現してくれることを期待したい。


▼「評伝 斉藤隆夫」松本健一著を読んで(10月27日)

恩師、高橋正則先生(元駒沢大学 法学部長)から薦められた書籍で、読ませて頂いた。粛軍演説で有名な政治家だが、どのような思想を持ち、どのような経歴を持たれていたのか全く知らなかった。読後、第1級の人物である事がよく解った。

本書は通勤電車の車中で読めるという軽いものではなく、評伝のイメージよりも研究書といった、どちらかと言うと固い内容のものだ。著者は小説も書いているので、今度は小説風に“斉藤隆夫”を書いてもらえないだろうか。


▼新宿ゴールデン街(10月28日)

以前、書いたと思うが、もう30年にもなる行きつけのスナックが新宿の歌舞伎町にある。10年程前、3年ぶり位に立ち寄ったら、何と私のボトルをずっとマスターがキープしてくれていた。感激だった。あれ以来、新宿で呑んだ時は必ずあの店に寄ることにしている。思い出もあり、会計が安いこともあって、1人で行くこともあるが、時々、友人も連れて行く。花園神社の西側にあるその店は鈴(スズ)といって、ゴールデン街にも近い。

最近、20年ぶり位になるが、鈴の帰りにふらりとゴールデン街を歩いてみた。昔からこのエリアの店は、芸術家の卵が集まってくることが多い。最近、私が飛び込みで見つけた店では、何やら難しい話で談論風発されていたが、話の内容が私には半分位しか解らなかった。専門的な芸術論だったこともあるが、20代の若者が使っている単語の意味が解らないという事情もあった。酔って私も乗っていたので、店にいた若い男女3人に1杯奢ってやったら、「お父さん、お父さん」と懐かれてしまった。彼らは気遣いで使った言葉だろうが、心の中にあった私の“自分は若い”という意識は木っ端微塵にされてしまった。

しかし、異質な空間での難しい議論を聞いているだけでも知的な刺激があったし、もうとっくに私の心の奥にしまい込んでいた、ある種の芸術的感覚をくすぐられたようにも思った。絵描きが集まるパリのモンマルトルの丘のような空気が、ゴールデン街にはある。お酒の匂いを漂わせながら。