|
■2004年9月22日発行号
▼健康談議( 9月17日)
テニスをやっている私より10〜20才くらい若い人たちでさえ、クラブハウスや練習試合の合間に東屋で休んでいる時などの話題に、結構、健康話しが上る。内臓よりも肘や膝など、テニス愛好者が必ずと言ってよいほど傷め易い故障個所に関わる内容だが、時として肥満や成人病の話も出る。
まして運動不足の一般熟年世代では、家庭に在っては、しょっちゅう健康談議が行われているのではないか。ワイドショーで薦められる食物とか体操であるとか…。私も食事中に、「これ身体に良いから」と色々な物を薦められるので、「何に良いのか、効くのか」としつこく聞くことにしているが、「とにかく良いから」で困る時がある。
逆に健康法を自分自身で暫く経ってから思い出し、何に効くものだったかすっかり忘れて大失敗したこともある。それは、湯舟に風呂場の椅子を沈めて腰掛け、下半身だけ温め上半身をお湯につけず、10分間ほど座り続けるという健康法だった。冬場だったので、クシャミが止まらず、危うく風邪をひくところだった。教えてくれた地元の社長さんに電話で「何に効能があるんでしたっけ?」と聞いたら、「高血圧に良いんですよ」と言われ、愕然とした。私の血圧はどちらかというと低めで、もう少し高い方が良いクラスに在ったのだ。
▼岡田克也代表のある一面( 9月21日)
19日、民主党北関東ブロックの党員・サポーター集会がさいたま市のホテルで開かれ、成功裡に終えることができた。党県連の組織的動員力が着実に付いてきていることが立証された集会だったと思う。従来、革新政党の動員のほとんどが労働組合依存だったことを考えると、隔世の感がする。もちろん、今回の集会でも連合の皆さんのご協力を頂いたが、大半は党総支部による動員で、一般国民の民主党への期待感が、より安定性のある確かなものへと変質してきていることを実感できるものであった。
集会の前に、岡田克也代表に福祉施設“うれし家”“たのし家”を見学してもらい、入所者やボランティアの人々と懇談してもらった。この施設は特養などと違い、痴呆症の高齢者をあくまで自然体でお世話するグループホームである。岡田代表のポスターなどのイメージは真面目だが固いといったものだろうが、視察中の様子をそっと見守っていたら、「オヤオヤ〜」といった場面もかなりあった。岡田代表自身、92才になるおばあちゃんをお持ちで、やはり痴呆状態にあるのだそうで、慣れているのか、入所者の方々への語り口も優しく、腰を落とし目線を合わせていた。
帰る際、90才を越えていると思われる入所者の婦人が、車椅子に座ったまま岡田代表の手をとると、甲に口づけをした。すると代表がお返しとばかりに老婆の手に口唇を当てたのには驚かされた。若いボランティアの女性が「羨ましいわ。私にもして欲しかった」と言っていたが、岡田代表は聞こえない振りをしていた。それで正解だったと思う。
▼崩れ続ける社会( 9月22日)
『深夜、自宅で久しぶりに味わう、この静寂の中にあるピーンという無音の音の喧騒。例え僅かな音でも、私の耳に届いて欲しいと思う。時を刻む時計の音でもいいし、犬や猫の動きまわる気配でもいい。あるいは家の前の県道を疾駆する車の音でもいい。一刻も早く、この静寂を破り裂く音が欲しいと思う。それは私の行為からではなく、他動的に生じられる音でなければ危ういように、不確かな存在感から自分は抜け出せないような気がする。』
これは、自分でもよく覚えていなかったが、何日か前に少し酒に酔って、寝る間際に書いた私のメモだ。書斎代わりに使っている仏間に、だらしなく広げられた書類の中から出てきた。少し青臭いようで気恥ずかしいが、形而下で次々と突き出されてくる課題に忙殺されている自分と、その自分を見つめているもう1人の自分が、今も同居していることを確認できたメモでもある。
私も青春の時、漠たる不安を持ち続けていて、私の読解力ではとても手に負えなかったが、それでも藁にもすがる思いでキルケゴールの“不安の概念”を読んだりしていた。親が子を殺し、子が親を殺す時代に、自分が何者なのか、何故生き続けなければならないのか、といった不安と疑問に自らを苛む青年の数はとてつもない程多いに違いない。又、それに倍する夥しい数の青少年は、何の自覚すら持たず社会の規範から遠いところに暮らしていることだろう。
発展途上の国々を見てきて、わが日本国が文明の涯に辿り着いたのが、これなのかといった慨嘆が無くもないが、『否、きっと再生できる』という熱い思いが私の心の内に湧き上がってきている。栃木県小山市で起きた兄弟誘拐・殺人事件の悲惨は、個人の処罰や行政の不手際などを超えたところの問題を突き付けられたように思う。
|