■2003年11月27日発行号

▼総理の手(11月19日)

総理選出の選挙が参院の本会議場でも開かれた。当然、私は“菅直人”と書いて投票したのだが、「菅という人はもう1人いるから、ちゃんと名前まで書かなくては、無効になるんだそうだ」とか、半ば冗談で「カンという字は竹冠でなく草冠だぞ。間違えるなよ」などと、本会議場のあちこちで言い合っていた。

果たして小泉さんが当選した訳だが、本会議を終了すると直ちに、恒例により各党控室へ挨拶まわりをすることになっている。自民、公明そしてわが党の順だが、私も国対の役員となっているので7〜8人の同志と総理を迎えた。入室すると幹部から「ア〜、どうも、おめでとうございます」と挨拶した後、沈黙が2〜3秒、続いてしまった。

その沈黙を総理自身が破るように、「私はどこへ座ればいいんでしょう?」と言った。「あ、失礼しました。どうぞこちらの席へ」と一斉に何人かで中央席へ丁重に手招きした。その時、誰であったか「中央の被告席へ」とブラックジョークを放ったが、その場の空気に添わず、笑いとはならなかった。1年生議員の私が総理に声をかけるのもはばかられたので黙っていたが、僅か2〜3分のことなのだから、もう少し軽妙なやりとりが交わされても良かったような気がした。

そして最後に、総理は私たち国対役員の1人づつとしっかり握手して退出していった。政治家は神経労働者だから、あまり手が硬く、荒れた人は多くないのかもしれないが、それにしても総理の手は、暖かいマシュマロを握ったような触覚だった。「手が白く 且つ大なりき 非凡なる人といはるる 男に会ひしに」という啄木の歌からすると、政治家に偉丈夫はいないことになってしまいそうだが…。


▼殺さないこと(11月20日)

毎日のように、殺人事件が報道されている。私の地元埼玉県の児玉郡美里町では、母が娘の殺人を第三者に依頼して遂げるという事件が発生してしまった。

“不殺生”という言葉は、一般的概念では、人間が人間を殺さないということより、他種の生物をむやみに殺さない、物を無駄に棄てたりしない、という意味に捉えることが多い。しかし、ここにきて、殺生の概念に人が人を殺すという意味が含まれ始めたように思う。

何故、人が人を殺してはいけないのか。形而上の意味合いは別にして、生身の生物体としての究極は種の保存にあるのだから、殺人は人間自身への冒涜であり、人間社会では一番重い罪になるのだと思う。個人だけでなく、組織や国家が人を毎日のように殺害している現実を見せ付けられている事態に、私達は無関心であってはならない。

人を殺さないこと。絶対、絶対、守らなくてはいけない最低限の絶対的掟である。国家も組織も、もちろん個人も。


▼激論のあと(11月21日)

26日に参院の予算委員会が開かれるが、各党の質問時間の割り振りをどうするか同委員会の理事会で協議した。私は「新参者なので…」と最初、遠慮がちに話していたが、新委員長に就任した片山前総務大臣が「私が以前、(理事を)やっていた頃は…」と淀みなく饒舌に話されるのを聞いて、『次回からは、遠慮なく思い切っていってみよう』と密かに決意を固めたのだが…。

休憩を挟んで2度目の理事会が再開された時、私は少し早目に会議室に入った。他の2人の民主党理事はまだ着いておらず、自民党理事しかいなかったが、ある議員が大声で「こんなことでいつまでも協議していたって仕方ない」と私に向き怒鳴られたので、ここぞとばかり「こんな大事なことを『こんな事で…』とはなんですか。自民党がもっと(時間配分で)譲ればいいだけじゃないですか。大体、失礼ですが、与党の(腰の引けた)質問なんて、国民は聞きたいとは思っていないですよ」とやり返してやった。

一通り激論が収まって、ふっと気を抜いて2人で談笑となったら、向こう側(自民党席)で隣に座っていた他の議員が「お2人はもう長いお付き合いなんですか」と質問してきた。私は「いや、今日、初めてです」と言ったらビックリしていた。私より10歳程年長であるあの人とは気が合うのか、合わないのか、おもしろい出会いではあった。


▼スポーツの汗(11月22日)

久々にテニスで汗を流した。今迄のモヤモヤした思いが、一気に汗で流し落とせたような爽快感があった。もう数ヶ月(本格的には1年)ラケットを握っていなかったので、ひどい状態だろうと思っていたが、それなりの練習試合ができたので嬉しかった。成績は、ダブルスで1勝1敗だった。試合前にイメージで、どこを注意して振ってみるか考えていたのが良かったと思う。そして、アキレス腱を切ったり、肉離れを起こした友人をたくさん見ているので、しっかり、準備運動だけは怠らなかった。

来月初旬には私にとって2度目の公式戦が待っている。今回は、どれだけ仲間の足を引っ張らないでいられるかが私のテーマだ。視察から帰国して時間もあまりない。精々、歩くことを心がけているのだが、1〜2回は思い切って個人レッスンを受けてから挑もうと思う。クラブハウスの周辺は私の散歩コースだが、道の端に咲き誇る菊の香が、私の顔を撫でるように静かに立ちこめている。


▼今年の選挙で考えたあれこれ<1>(11月23日)

今年は選挙に明け暮れた1年だった。春の統一地方選には、私の秘書が市議選に出馬したので、既に昨年の11月から、事務所としても態勢を整え本格的な活動に突入していた。その後、降って湧いたように知事選があり、候補者選定で混乱し、収拾に腐心した。そして参院補選、衆院選とつながり、様々なドラマが生まれた。

選挙を裏方として観た場合、最大の収穫は新たな人々との出会いであり、人的な広がりである。友情が生まれ、仕事が生まれ、時に愛が生まれたりもする。私の眼の届いたところなど、ほんの些少な範囲だが、それでもスタッフとして参加した人々は、それぞれに人脈を広げていったように思う。反対に、どこの事務所でも起こることだが、事務所の空気に馴染めず、去っていく人達もいる。あるいは、誤解や曲解から小さな憎悪が生まれたりもするが、大抵は、時間が解決してくれるものだ。

選挙のやり方に教科書はなく、候補者の性格や地域の慣習、取り囲む状況などが、個々に全く異なっているのだから、それに添っていかなくてはならない場面もある。しかし、冠婚葬祭で親戚縁者でさえ角突き合せたりするように、何度か選挙に関わった人の中には、自己経験を基準にして押し切ろうとする余り、トラブルを起こしたりする例も多い。

選挙は必ず勝利か敗北かが明らかになる。それが、尽きせぬ魔力の一因でもあり、無償で多くの人々が集まり、力を寄せることにつながっているのだろう。自分の人生の貴重な時を捧げても尚、満たされる思いとは何なのだろうか。